数度の津波から多くの命を救った浜口梧陵の実話「稲むらの火」について紹介 (2/2ページ)
また、堤防完成から約100年後の1946年に発生し、中部から九州地方にかけて甚大な被害を出した昭和南海地震でも被害を浸水程度にとどめて広村を守りました。
体験を語り継ぐことの大切さ浜口が素早い判断で「稲むら」に火をつけることができたのには、実は理由があります。
「長い地震の後には津波が来る」と、村の古老から話を聞いていたため、津波が来ると直感で感じ取り、村人を助けるために躊躇なく稲むらに火をつけることができたのです。
こういったことから、災害の体験や教訓を語り継ぐことも、未来の命を救うための大切な防災活動のひとつだと言えるでしょう。
防災意識を高める「稲むらの火」「稲むらの火」には、災害の恐ろしさのほかに、迅速な判断と行動、助け合うことの大切さなどについても描かれています。
2004年に起こったスマトラ沖地震・津波をきっかけに注目され、紙芝居や人形劇、小学校の教科書に取り上げられ、津波の防災教育にも役立てられることがあるようです。
日本のみならず、アジアの国々でも翻訳された本が存在していますので、一度は目を通して防災に役立てたいものですね。
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