ユーキャンフライ!?宇治川合戦で「空を飛んだ」坂東武者・大串次郎の先陣エピソード【鎌倉殿の13人】
まずはこの絵を見て下さい。これは源氏が木曾義仲(きその よしなか)を討伐した宇治川の合戦が描かれています。
源氏の武者たちが先を争って宇治川を渡る様子が描かれており、特に佐々木高綱(ささき たかつな)と梶原景季(かじわらの かげすえ)の先陣争いは有名ですね。
そんな中、一人だけ川に着水しておらず、どう見ても宙に浮いている武士の姿が目を惹きます。
彼の名は大串次郎重親(おおぐしの じろうしげちか。ほか春清、安利など)。とても人間業とは思えませんが、一体どうやって飛んだのでしょうか。
空を飛ぶ大串次郎。落合芳幾「木曽征伐宇治川大合戦之図(左上部分を拡大)」
(いや、絵画だからどうとでも描けるとか、そういう話ではないようです)
溺れかけた重親を……時は寿永3年(1184年)1月20日。都から平家一門を追い払ったものの、乱暴狼藉が過ぎた木曾義仲を討伐するべく源範頼(みなもとの のりより)と源義経(よしつね)が出陣。
京都の防衛線である宇治川を挟んで両軍が対峙、やがて源氏方の武者たちが一斉に渡河を始めました。
しかし、みんながみんな水練の達者ではなく、中には上手く泳げずに溺れてしまう者も現れます。
「ガボゴボ……助けてくれぇ!」
大串次郎もそんな一人だったらしく、死に物狂いで近くにいた畠山重忠(はたけやま しげただ)の馬にすがりつきました。
大人しくつかまっていれば沈みはしないものの、なにぶん慌てているものだから暴れてしまって大変です。
このままでは馬まで溺れてしまうではないか……そこで重忠は、大串次郎の襟首をつかむや力いっぱいにぶん投げました。
「せいっ!」「あ~れ~」
投げ飛ばされた大串次郎はそのまま宇治川の向こう岸まで着地。全身の痛みをこらえてヨロヨロ立ち上がると、
「武蔵国の住人、大串次郎重親。宇治川の先陣ぞや!」
騎馬で渡河する佐々木高綱(下)を飛び越える大串次郎。落合芳幾「木曽征伐宇治川大合戦之図」
……ただし徒立(かちだち。徒歩)の……実際の先陣は既に佐々木高綱が果たしていたため、敵味方共に大爆笑。とても美味しいポジションをゲットできたのでした。
浮世絵では今にも高綱すら抜き去らんばかりの勢いで飛ばされていますが、当人としてみればさぞや怖かったことでしょう。
終わりに以上『平家物語』は伝えますが、水中から成人男性一人(体重50~80キロ)を腕の力で投げ飛ばすなんて、物理的にあり得ません。
これは畠山重忠の怪力ぶりを示すエピソードで、他にも鎌倉市街を整備する際に巨岩や丸太を担ぎ上げたとか、一ノ谷の合戦(鵯越の逆落とし)で怖がる馬を担いで断崖絶壁を下りた……と言った伝承の一つ。
大串次郎を投げ飛ばした畠山重忠。落合芳幾「木曽征伐宇治川大合戦之図」より
「重忠ならやりかねない」と思われたからこそ生まれたのであって、いちいち指摘するのは野暮というものです。
しかし、実際に腕一本で暴漢をねじ伏せたエピソードも『吾妻鏡』に残されており、実際に剛力であったのは間違いないでしょう。
NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では中川大志さんが演じる畠山重忠。その剛勇ぶりを堪能できるか、今から楽しみにしています。
※参考文献:
清水亮『中世武士 畠山重忠 秩父平氏の嫡流』吉川弘文館、2018年10月 貫達人『人物叢書 畠山重忠』吉川弘文館、1987年3月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan