銃弾をも容易くかわす!?合気道を考案した最強の男「植芝盛平」とは【後編】

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銃弾をも容易くかわす!?合気道を考案した最強の男「植芝盛平」とは【後編】

前編では、北海道開拓から合気道との出会いを紹介しました。

銃弾をも容易くかわす!?合気道を考案した最強の男「植芝盛平」とは【前編】

後編では合気道を極めた盛平が、銃弾を2度も避けたという実験の話や彼の残した功績、伝説についても紹介します。

植芝 盛平

盛平の実験

戦前、陸軍の検査官たちが道場の稽古を見に来ていたとき、盛平は「わしには鉄砲は当たらんのや」と豪語。そこで検査官たちは、と豪語する盛平に証明するよう誓約書を書かせたのだとか。

後日、盛平は自身の発言を証明するために実験を行います。実験の内容は、6人の射撃手が25m離れたところから盛平を撃つというものでした。

実験がはじまり、直立している盛平に向かってピストルの引き金が引かれます。そして6つの銃弾が飛んだ次の瞬間、盛平は25メートルの距離を一瞬で移動し、1人の射撃手を投げ飛ばしていたのです。

この実験は2回行われたものの、2回とも同じ結果。銃弾は、盛平の体にかすり傷ひとつ付けられなかったというから驚きです。

ムツゴロウ伝説

盛平が北海道開拓に尽力していたころ、「ひぐまと仲良くなって三晩ともに寝た」という伝説もあります。

仕事の帰りに日が暮れてきたため、山奥の川のほとりに小屋をたてて一晩過ごすことにした盛平。

真夜中になると、ガサガサと草を分けてくる物音がしたので、外を見ると大きな熊がいたそうです。しかし熊が、小屋のまわりにあった盛平の食べ残しを食べてその場で横になったため、害意を感じずいっしょになって朝まで眠ったのでした。

盛平は次の晩もやってきた熊に魚肉を与え、その晩も次の晩も熊と添い寝したのです。
これも、合気道を極めた「和合の精神」によるものではないかともいわれています。

盛平の功績

盛平は大相撲の天竜を投げ飛ばし、柔道のチャンピオン阿部謙四郎を組み伏せ、さらにプロボクサーのピストン堀口が打った拳を掴んで組み伏せたことでも有名です。

また、30人の憲兵隊の襲撃も1人で返り討ちにするなど、日露戦争でも活躍しました。

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