まさかの代役で結婚!?江戸幕府 最後の将軍・徳川慶喜の正妻・美賀君(みかぎみ)の波乱の人生 (3/3ページ)

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『近世人物誌 徳川慶喜公御簾中』 (月岡芳年画)

将軍が不在では、妻も大奥には入れません。その当時、大奥は篤姫の名でも知られる天璋院(てんしょういん)が仕切っており、和宮の名でも知られる静寛院宮(せいかんいんのみや)もいました。

その後も、1867年(慶応3年)慶喜が京都で大政奉還を行い、江戸幕府は終焉を迎えます。慶喜は一度も江戸城には入らず、そのため美賀君も大奥に入ることはなかったのです。

いかがでしたか?この記事が、みなさんが少しでも歴史に興味を持つきっかけになれば嬉しいです。

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