夫婦そろって熊野ラブ♡源頼朝&政子がいなかったから【世界遺産】熊野は存在しなかった!? (4/4ページ)

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熊野古道といえばここ、という観光名所の一つにもなっています。

この大門坂の入り口に、樹齢800年の夫婦杉とよばれる巨木があるのですが、地元の方のお話では、この夫婦とは頼朝と政子のことだといいます。実は大門坂の石畳や杉並木も頼朝が熱心に整備をすすめ、寄進したものだとか!

頼朝は、二寸銀の観音像を終生肌身離さず持ち歩いていたといわれています。観音は人々の現世での願いを聞き入れ、苦しみを軽減する有難い仏。頼朝は熊野も含めた西国三十三か所霊場にならい、坂東三十三観音霊場めぐりの確立に大いに寄与したといいます。

ちなみに熊野に寄進など行ったのが1193年ごろといわれていますが、頼朝が征夷大将軍になった翌年で、頼朝が亡くなる5年前のことです。

義経の追放や奥州藤原氏との戦いなどなど肉親との戦いや殺生に彩られた人生の反面、自分の魂が救済されたいと考えていたのでしょうか。

なんにせよ、寄進した石畳などが後世、世界に認められた日本の美しさを象徴する場所になるとは、頼朝も想像もできなかったでしょう。

みなさんも是非、熊野詣の折には鎌倉武士の痕跡を探してみてください。

公式サイト:神倉神社熊野本宮観光協会

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