大谷翔平&鈴木誠也「メジャーリーグで躍動」「初対決は高1の夏」1994年生まれの天才「神ってる」同級生スター伝説 (2/2ページ)

日刊大衆

「お父さんと話すたび、“3割打てなかったら、死ぬ”と漏らしていたそうです」(前同)

■ストイックさの裏にある愛嬌

 実際、鈴木は「10割打ちたい」と常々、公言。主力選手になっても、室内練習場から最後に出てくるのは決まって鈴木だったという。

「打撃投手の方から“投げていて恐怖を感じたのは前田智徳さん以来”と聞きました。プロ入り時の打撃コーチだった緒方孝市さんも、“あいつは凡退すると人を殺すような目になる”と言ってましたね」(同)

 ただ、ストイックさと、茶目っ気たっぷりの一面が同居するのが、ファンから愛される彼の魅力なのだ。

「当時コーチだった石井琢朗さんに“備えあれば、何だ?”と聞かれて、“準備なし!”と即答するなど、野球を一歩離れると、すごくピュアで、かわいい(笑)」(同)

 持ち前の人懐っこさは、野間(峻祥)や堂林(翔太)といった先輩選手にも発揮された。ある日の堂林宅では、こんなことがあったとか。

「これは奧さんの枡田絵理奈さんから聞いたんですが、彼女が帰宅したら、ふだんから入り浸っていた鈴木選手が、堂林選手の膝枕で寝ていたとか。その光景に“仲いいのはいいけど、それは、さすがにどうなの?”と呆れたらしいです」(同)

 鈴木の堂林愛は深く、「一時は堂林家の家族写真にも普通に映り込んだり」(同)していたそうだ。

 打席に立つ前には、球場のビジョンで映される選手紹介の映像で、変顔や変なポーズを披露するなど、茶目っ気たっぷりの鈴木。はにかみ屋の大谷とは性格がまるで好対照にも思えるが、共通点も数多い。

 この続きは5月9日発売の『週刊大衆』5月23日号で。読むともっと鈴木&大谷が好きになる!?

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