「鎌倉殿の13人」奥州を滅ぼしたい頼朝、何とか止めたい後白河法皇…第21回放送「仏の眼差し」予習
源義経(演:菅田将暉)を無断で討った罪により、藤原泰衡(演:山本浩司)の討伐を図る源頼朝(演:大泉洋)。
しかし勝手に兵を起こせば大義名分のない私戦(≒朝廷に対する謀叛)になってしまいます。そこで朝廷に対して泰衡追討の宣旨を求めるのですが、後白河法皇(演:西田敏行)は色よい返事をしてくれません。
ここで泰衡が滅亡してしまったら、日本で頼朝に対抗できる勢力がいなくなってしまうからです。武士同士を競わせることで自らの権威を保ってきた「大天狗」としては、それは何としても避けたいところ。
……NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」、第21回放送のサブタイトルは「仏の眼差し」。公式ホームページに仏師の運慶(演:相島一之)が登場しているため、一つはその作品を意味しているのでしょう。
もう一つは予告編のセリフから想像するに、孤児たちを優しく見守る八重(演:新垣結衣)の存在を指し、その(文字通り“仏”になる)最期をドラマチックに演出するためのダブル・ミーニング(2つの意味を持たせた掛詞)と予想されます。
多くの視聴者が八重の身を案じていますが、八重は伝承において既にフェイドアウトしている存在。加えて金剛(演:森優理斗)の生母としての阿波局(あわのつぼね)も、その没年は不詳。その最期は創作のため、予測は困難です。
そこで今回は確実に行われるであろう頼朝の奥州征伐について、いくつかのエピソードをピックアップ。予習しておくことで、ドラマ視聴をより深く味わえることでしょう。
奥州征伐の大義名分が欲しい頼朝、渋る朝廷にどう対処した?文治5年(1189年)5月22日、奥州の藤原泰衡より「義経を討った」という旨の使者が鎌倉にやってきました。
「さる閏4月30日に義経を討ち取りました。首級はこれから送ります(意訳)」
計画通り。義経さえいなくなれば、既に藤原秀衡(演:田中泯)も亡い奥州など恐るに足らぬ。あとはどのタイミングで攻め込むか……と思っていた6月8日、後白河法皇よりこんな宣旨が届きます。
「もういい加減にしなさい」頼朝をたしなめる後白河法皇(イメージ)
「義顕(義経の変名)を討ち滅ぼしたこと、誠に喜ばしい。これで謀叛人はいなくなったので、日本を平和にするため戦いをやめにしなさい(意訳)」
これは要するに「義経を討って満足しただろ?もう泰衡は見逃してやれ」というメッセージ。
確かに泰衡は要求通りに義経を討ったのだから、罰せられる筋合いはありません。でも、頼朝としてはどうしても討ちたいのです。
6月25日、頼朝はダメ元で泰衡追討の宣旨を下さるよう使者を発しました。同時進行で6月27日、どうしても宣旨が下らなかった場合に奥州征伐を強行するべく、軍勢を集めるよう和田義盛(演:横田栄司)と梶原景時(演:中村獅童)に命じます。
たぶん後白河法皇も頼朝の武力を恐れてなぁなぁにしてくれる……とは思っていても、やはり大義名分は欲しいところ。
そこで6月30日、古老の大庭景義(おおば かげよし。景能)を召し出して知恵を求めました。余談ながらこの景義、頼朝に討たれた大庭景親(演:國村隼)の異母兄です。
「まだ勅許(朝廷のお許し。院宣)がないのだが、このまま奥州に兵を出して大丈夫だろうかね?」
頼朝の諮問に対して、景能が答えます。
「古来、兵法に『軍中、将軍の令を聞いて天子の詔を聞かず』と言います。すでにお伺いは立てたのだから、そのお返事を待つ必要はございませぬ」
戦場にあって国家の命運を担う指揮官の現場判断は、時として天子(天皇陛下)のご命令よりも優先される、とのこと。
「そもそも奥州藤原氏は源家にとって累代の家人と言える家柄ですから、その賞罰にいちいち勅許をいただかねばならぬというのも、またおかしな話」
累代の家人とは、かつて頼朝の祖先である源頼義(よりよし)らが前九年の役で奥州を平定したことを指していますが、泰衡たちにしてみればいい迷惑ですね。
『前九年合戦絵巻』より、奥州を平定する源頼義・義家父子。頼朝はこれを再現したかったとか(イメージ)
「まぁ、こういうのは邪魔が入らぬ内にさっさと進めた方がようございますぞ」
「大庭よ、そなたの助言でスッキリした。褒美に愛馬をくれてやろう!」
でも一応、朝廷からの返事を待ってから……ということで7月16日。やっぱりと言うか案の定と言うか、「追討は来年に延期すべし(意訳)」との宣旨が届きました。
「まぁ、そうなるな……だが構わぬ、いざという時の言いw、もとい大義名分も用意したし!」
かくして7月19日、頼朝は奥州征伐のため鎌倉を出発したのでした。
……大河ドラマでこのシーンを取り上げる場合、わざわざ大庭景能を登場させるとは思えないため、大江広元(演:栗原英雄)あたりが進言するものと予想されます。
藤原国衡の最期と、畠山重忠の将器さて、奥州へ進撃する頼朝たち。時は文治5年(1189年)8月9日、明日は阿津賀志山を越えて藤原泰衡・藤原国衡(演:平山祐介)らとの決戦です。
「殿、一大事にございます!」
畠山次郎重忠(演:中川大志)の元へ郎従が駆けつけて報告するには、先ほど夜陰に乗じて七騎が抜け駆けを図ったとのこと。
その顔ぶれは三浦義村(演:山本耕史)、葛西清重(かさい きよしげ)、工藤行光(くどう ゆきみつ)、工藤祐光(すけみつ)、狩野親光(かのう ちかみつ)、藤沢清近(ふじさわ きよちか)、そして河村千鶴丸(かわむら せんつるまる)。
「此度の先陣を仰せつかったのは殿にございます。今すぐにも彼奴らを引きとどめましょうぞ!」
今すぐにも飛び出しそうな郎従を、重忠は大らかになだめます。
「その必要はない。誰が抜け駆けしようと、すでに先陣を承った以上、合戦前に何があろうとその武功はすべて我れに帰するものぞ」
「理屈ではそうでしょうが……」
「また、せっかくやる気になっている味方の足を引っ張るのは武士にあるまじき振る舞い。手柄が欲しければくれてやれ、ここは見逃すがよい」
「ははあ」
かくして見逃された七騎それぞれ武勇を奮ったのですが、それはまた別の話し。
……さて、夜が明けて8月10日。阿津賀志山を超えた鎌倉方は、国衡との決戦に臨みました。
両軍激戦を繰り広げる中、次第に敗色濃厚となった泰衡が戦線離脱。国衡も逃げ出そうとしたところ、和田義盛に呼び止められます。
「そこにおわすは西木戸太郎(国衡)殿か、引き返して矢合わせせん!」
「おう、やらいでか!」
ここで背を向けては名が廃る……馬首を返した国衡は義盛に向かい十四束の矢をつがえました。
「遅い!」
義盛の射放った十三束の矢は国衡の射向袖(いむけのそで。矢を射る時に敵へ向ける袖=鎧の左大袖)を貫通してその腕に命中します。
「手ごたえあり!」
さぁ次の矢でとどめ……と思った次の瞬間、畠山重忠の軍勢が乱入。重忠の烏帽子子(えぼしご。元服に際して烏帽子をかぶせた義理の息子)である大串重親(おおくし しげちか)がたちまち国衡の首級を掻き上げたのでした。
「おぉ、よくやった。さすがは次郎(重忠)……」
国衡を討ち取る大串次郎。歌川芳虎「文治五年源頼朝郷奥州奥州征伐ノ図」
重親から国衡の首級を受け取った重忠が、それを頼朝に献上。お褒めの言葉にあずかっていると、義盛が異議を唱えます。
「お待ちくだされ、西木戸太郎を射たのは我が矢であって、畠山殿ではございませぬ。証拠もございます」
義盛は自分が国衡を射止めた状況はもちろん、国衡の鎧から矢を射通した位置、馬の毛並みまで詳しく話しました。
確かめてみると、確かに義盛の証言どおり鎧は紅縅(くれないおどし)、射向袖の二三枚目(上から2~3段目)に鑿でえぐったような大穴が開いています。
「なるほど。偽りではなさそうだ……次郎、そなたは矢を放ったか」
頼朝が尋ねると、重忠はハッキリ「射ておりませぬ。ただ大串より首級を受け取り、これを献上したまで」と返答。
並の者であれば、手柄を奪られまいと「これはそれがしの射た矢である」などと言い張るであろうところを、重忠は「手柄が欲しくばくれてやろう」と実に潔い態度を見せます。
さすがは畠山殿……この件をもって、重忠はますます声望を高めたということです。
……大河ドラマでは重忠も国衡も義盛も登場しているので再現は可能でしょうが、果たしてやってくれるでしょうか。是非ともやって欲しいところですが、果たして……。
裏切られ、非業の最期を遂げた藤原泰衡の首級それからも鎌倉方は連戦連勝、ついに平泉を攻略してどんどん泰衡を追い詰めていきます。
泰衡の家臣らは次々と脱走や投降が相次ぎ、ついに文治5年(1189年)9月3日、家臣の河田次郎(演:小林博)に討たれてしまいました。
逃げ込んできた泰衡を安心させておいて……からの騙し討ち。よくある展開ですね。
「押領使(泰衡)が首級はこれなるぞ……鎌倉殿へお目通り願いたい!」
首級を手土産に頼朝の陣中を訪ねた河田次郎は、梶原景時に首級をあずけ、義盛と重忠に首実検をさせます。
「……間違いございませぬ」
捕虜にしていた赤田次郎(あかだ じろう)に確認させ、確かに泰衡の首級であることを確信した頼朝は、景時を通じて河田次郎に伝えました。
「そなたの振る舞いは一見功あるように見えるが、陸奥押領使(泰衡)の命はすでに我が掌中なれば、そなたの力を借りるに及ばなかった。むしろ代々の恩義を忘れて主君を裏切った罪は極めて重い。よって斬刑に処す!」
かくして河田次郎は処刑され、また泰衡の首級はかつて前九年の役において安倍貞任(あべの さだとう)の首級をそうしたように、八寸の鉄釘で打ちつけたと言います。
八寸と言えば一寸が約3センチなので約24センチ、頭の奥行きが人によって違うものの、額から後頭部までだいたい24センチ(参考:筆者の頭)。これだと柱に固定できません。
なので八寸という寸法が正しい(八≒とても長いなどの意味でない)のであれば、こめかみからこめかみ(側頭部)を貫通したのでしょうか。その距離なら15センチ(参考:筆者の頭)なので、釘の先端が柱に届きます。
後はその食い込んだ9センチの部分で4~5キロあると言われる首級(成人男性の頭部)の重量を保持できるか、という問題があるものの、よく鍛えた和釘であれば問題なさそうですね。
ちなみに、なぜ頼朝が故実にこだわったのかと言えば、かつて頼朝の5代祖先である源頼義(よりよし)が奥州を平らげた名場面を再現したかったとか。
泰衡を討ち取る場所も、出来ればかつて頼義が貞任を討ち取った厨川あたりにしたかったそうで、かなりの余裕をかましていたようです。
かくして4代にわたり栄華を誇った奥州藤原氏は滅亡。頼朝は葛西清重を奥州総奉行に任命して鎌倉へと凱旋していったのでした。
終わりに以上、第21回放送「仏の眼差し」の予習として奥州征伐の一部分を紹介してきました。
他にも運慶だけでなく八田知家(演:市原隼人)が初登場。傷心の大姫(演:南沙良)そして八重の運命やいかに……。
相変わらず予測不可能な展開が続く「鎌倉殿の13人」、次週放送が楽しみですね!
※参考文献:
五味文彦ら編『現代語訳 吾妻鏡 4奥州合戦』吉川弘文館、2008年9月 関幸彦『東北の争乱と奥州合戦』吉川弘文館、2006年11月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan