♪赤い靴 履いてた 女の子♪ は実在の少女。この女の子の像が横浜、そして静岡にも存在する理由 (2/3ページ)
親子の像の下には、童謡でもよく知られる
「赤い靴 はいてた 女の子
異人さんに つれられて 行っちゃった」
の歌詞が刻まれています。
銅像に添えられた碑文を読むと、日本平にこの銅像が置かれている理由が判明しました。

「女の子」のモデルになったのは、明治37年7月15日に誕生した「岩崎きみ」という実在の少女とされています。きみと母かよの悲しいエピソードは、この碑文を見ただけでも本当に心が痛むくらいです。
彼女の生まれた場所が静岡県の旧不二見村(現在の静岡市清水区)だったため、後に人々が
「この幸薄い母と子をふるさとの地、不二見村を見おろすこの日本平山頂の、再び相いあわせようと考えました(碑文より)」
と、この母子像を建てるに至ったというのです。
「赤い靴といえば横浜」になった理由ではなぜ「赤い靴の女の子といえば、横浜」になったのでしょうか?
その根拠は、冒頭でもご紹介した、童謡「赤い靴」の歌詞でした。
「横浜の 波止場から船に乗って
異人さんにつれられて行っちゃった」
ここに「横浜」という地名が登場する理由については、明確に書かれているものを見付けることができませんでした。