戦国最初の天下人!わずか11歳で家督を継ぎ、ズバ抜けた才能を発揮した武将・三好長慶

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戦国最初の天下人!わずか11歳で家督を継ぎ、ズバ抜けた才能を発揮した武将・三好長慶

「天下人といえば?」と聞かれれば、恐らくほとんどの人が「織田信長」や「豊臣秀吉」、「徳川家康」と真っ先に答えるのではないでしょうか。

確かに信長や秀吉のインパクトや知名度は高いです。しかし戦国時代、そんな信長らに先駆けて天下人となった人物がいます。

天才ともうたわれた彼の名は、三好長慶(みよしながよし)。今回の記事では、そんな三好長慶について取り上げたいと思います。

三好長慶

三好長慶とは?

三好長慶(みよしながよし)は、戦国時代の武将であり、畿内阿波国の戦国大名です。

大永2年(1522年)に現在の徳島県三好市で生まれます。彼が生まれた三好家は、室町幕府で大きな権力を持っていた役職を務める細川京兆家に使えていました。

順風満帆な人生をスタート、と思いきやいきなり長慶に試練が。

長慶の父・三好元長が、使えていた主君・細川晴元の手によって討たれてしまい、長慶は若干11歳にして三好家の家督を継ぐことになります。

12歳で和睦を成立させる

父を自害に追い込むことになった本願寺が率いる一向一揆は勢力を増し、細川晴元でも手に負えなくなっていきます。

ここで長慶が大活躍。12歳という若さでありながら、晴元と本願寺の宗主を引き合わせて、和睦を成立させます。このエピソードからも、長慶の天才ぶりが伝わってきます。

細川晴元を破り、三好政権を樹立

勢力を取り戻していった三好家。長慶は細川晴元のもとで仕えます。

細川晴元

しかし、長慶には父を討つという気持ちもあったのでしょう。長慶率いる三好家はさらに力をつけ、ついに挙兵。

晴元軍を江口の戦いで破ります。その後も他の勢力と争いを続けますが、着々と自分をトップとする支配体制を作りました。

それまで、「将軍を補佐する側近として力を握る」というのが幕臣たちの考えでしたが、長慶は将軍に代わって自身が政権の頂点に立つ、という発想をしました。

この考え方は先進的で、信長よりも進んだ思想を持っていたのではないでしょうか。

いかがでしたか?この記事が、みなさんが少しでも歴史の面白さに興味を持つきっかけになれば嬉しいです!

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