知られざる鎌倉温泉郷…鎌倉殿こと源頼朝も愛した隠し湯伝説を紹介!

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知られざる鎌倉温泉郷…鎌倉殿こと源頼朝も愛した隠し湯伝説を紹介!

鎌倉と聞いて、何を連想しますか?鳩サブレ、大仏、江ノ電、流鏑馬……(知人調べ)

後は鎌倉幕府とかそんなところでしょうが、かつて鎌倉に温泉があったことはあまり知られていません。

まぁ、日本は地震大国≒火山大国ですから、浅かれ深かれ掘れば大体どこでも温泉が湧くのですが……。

今回はそういうことではなく、鎌倉の温泉伝説を紹介。かの鎌倉殿こと源頼朝(みなもとの よりとも)の隠し湯、一体どこに湧いていたのでしょうか。

傷ついた野鳥たちの知恵

鎌倉市山崎(おおむね真ん中辺り)に、かつて湯之本(ゆのもと)と呼ばれた小字(こあざ。旧地名)がありました。また近くには熱海(あたみ)と呼ばれる小字もあったとか。

この辺りの田んぼには、時おり雁(ガン、かり)が飛んできてはうずくまり、またしばらくすると飛んでいきます。

湧き水で傷を癒やす雁(イメージ)

一体何だろう……村人たちが観察していると、どうやら雁たちはケガをしているようです。

試しに、田んぼの水に傷をつけてみると治りが早い。特に火傷や神経痛に効果が高い様子。この発見に喜んだ村人たちは、小屋を建てて湯治スポットとしました。

名づけて雁番屋(がんばんや。これも地名に)。 雁たちを見守りながら湯治を楽しんだのかも知れませんね。

頼朝や御家人たちも愛用

そんな温泉の情報を聞きつけた頼朝は、合戦で傷ついた御家人たちを治療させたほか、自身も日頃の疲れを癒していたとか。

「いやぁ、あの時は死ぬかと思ったよ」

「その程度の怪我で良かったのぅ」

なんて会話や談笑がこだましていたのかも知れません。

かつては鎌倉五山の第二位・円覚寺(えんがくじ。北鎌倉駅のすぐ前)の僧侶たちも湯治に来ていたと言います。

やがて明治時代に入り「マッチの火が水に引火した」ことから、ラジウムを含んでいることが判明。

天神山のふもとに「ラヂウム温泉」の存在が確認できる。「新鎌倉鳥瞰図」大正11年(1922年)より

山崎温泉の位置。「鎌倉及江ノ嶋地圖」昭和7年(1932年)より

このころ温泉旅館「山崎園」が開業。背後にそびえる天神山(北野神社)の尾根に建立された四国八十八ヶ所の石仏と相俟って、ちょっとした観光名所として賑わったと言います。

「鎌倉で温泉に浸かってくる」

そんな会話が、昭和初期(戦前)まで聞かれたということです(一説にはバクチ宿だったとも)。

終わりに

その後いつしか山崎園は廃業、鎌倉に温泉が湧いていたことを知っている人もすっかり少なくなりました。

現地はどう見てもただの住宅街、わざわざ行っても面白いことはほとんどないでしょう。

鎌倉市山崎・天神山の頂上に鎮座する北野神社。境内を奥に進むと石碑が残っている。

ただし、天神山の尾根に建立された四国八十八ヶ所の石仏はまだ残っています。往時の賑わいを偲ぶ便(よすが)として、お参りしてみるのも一興ではないでしょうか。

アクセス
湘南モノレール線「富士見町」駅から徒歩10分

※参考文献:

鎌倉市教育委員会『かまくら子ども風土記』鎌倉市、2019年3月 鎌倉市教育委員会 編『としよりのはなし』鎌倉市教育委員会、1984年12月

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