宮本武蔵と戦った剣豪・佐々木小次郎の隠された死因…なんと武蔵の弟子が撲殺!? (2/2ページ)

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しかし、残念ながら小次郎が実際に愛用したとされる刀は現存されていません。熊本県にある「武蔵博物館」ではレプリカが展示されているようです。

巌流島の戦いが起こった理由

実力を伸ばし細川忠興に認められた佐々木小次郎ですが、古くから細川家に仕える重臣たちは快く思いませんでした。

そこで、彼らは佐々木小次郎を排除するために、京都最強と言われ60戦無敗を誇っていた宮本武蔵と試合をさせることを画策。

結果、巌流島の戦いでは宮本武蔵が圧倒的な勝利を収めました。

宮本武蔵

小次郎の本当の死因

一般的には巌流島の戦いで宮本武蔵に敗れて、小次郎が死んだとされています。

ですが、このとき宮本武蔵は木刀で戦っており、佐々木小次郎は死んでいなかったと言う説があるのです。

細川氏に仕えた家老「沼田延元」の家系が代々まとめたとされる「沼田家記」によると「巌流島の戦いにて宮本武蔵の一撃で打ち倒された佐々木小次郎。奇跡的に息を吹き返すも、武蔵の弟子らに撲殺」と記述されていることがわかります。

真実は不明ですが、この日誌は多方面に聞き取りして作成されており、信憑性が高いようです。

あなたはどんな結末を想像しますか?

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