名優・仲代達矢インタビュー「役所広司の素晴らしさは…」「苦手だったラブシーンについて」

日刊大衆

画像はイメージです
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 数多くの名画に出演した仲代達矢だが、映画会社の専属にはならなかった。当時としては珍しい、“フリー”の立場を貫いたのだ。理由は、1年の半分を映画、半分を舞台に費やす道を選択したからだ。

 さらに1975年には、若手俳優の演技指導を目的に「無名塾」を立ち上げた。役所広司、若村麻由美、滝藤賢一ら多くの役者が、ここで演技を研鑽し、巣立っていった。公開中の『峠 最後のサムライ』で仲代は、第2期の塾生、役所広司と共演している。

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『峠 最後のサムライ』は、小泉堯史監督をはじめ、かつての黒澤組のスタッフが集結した映画です。私は小泉さんが助監督をしていた黒澤映画に何本も出ているので、懐かしい現場に戻ったような感覚がありました。そして、役所広司君と久々に共演しました。

 役所君が主人公の河合継之助で、私は彼が仕える長岡藩藩主の役。とはいえ、今回、私の出演シーンの撮影は、2日間だけ。それでも一役者として精いっぱい作品に向き合いましたが、改めて役所君は本当に素晴らしい役者に成長したなと思いました。

「無名塾」を作り、かれこれ半世紀近くになりますが、最も印象に残った弟子は、やはり役所君です。入ってきた頃から、存在感が際立っていました。風貌はいい、声はいい、セリフもうまい。俳優として必要なものが備わっていました。いい役者になると確信はしていましたが、私の予想を、はるかに超えましたね。

 よく覚えているのは、無名塾入学式のときのこと。道に迷ったらしく、ずいぶん遅れて現れました。私は彼を叱りつけました。

「将来、映画に出演して、撮影に30分遅れたら、どうなると思う? 何百人もの共演者やスタッフを待たせ、結果的に数百万円の損害が出ることだってある。プロの役者になる気なら、絶対に遅刻はするな」

 本人に聞いたところ、これ以降、遅刻は一度もないそうです。

 結局、彼は無名塾には3年いたのかな。独立後、テレビ、映画と次々に出るようになり、めきめき芝居がうまくなりました。もう、私を超えていますよ。

■「私はラブシーンが苦手」

ーー黒澤明や小林正樹の映画での名演で知られる仲代達矢だが、もう一人、出演作の多かった監督がいる。五社英雄だ。

 五社さんは私より3つ年上です。年齢が離れていた黒澤監督や小林監督は親父のような存在でしたが、同世代の五社さんは兄貴のような感じでした。

 五社さんの映画は日常のリアルさを追求するのではなく、ケレン味たっぷりの映像で見せるエンターテインメント。アクションとエロティシズムが大きな魅力で、女優の描き方が実にうまい。撮影にも非常に神経を使っていました。ただ、私はラブシーンが苦手で。最初に五社さんが女優相手に、私の代わりにやって見せてくれるわけです。私はその通りに演じました。

 酒の席で一度、聞いたことがあります。

「監督は女好きですね」

 五社さんがニヤッとした顔を、今も覚えています。そんな五社映画で文句なしの傑作といえば、『鬼龍院花子の生涯』(1982年)でしょう。五社さんもフジテレビを退社して初めての映画だったから、今観ても、命を賭けて挑んだような気迫が画面から伝わってきます。私が演じた主人公の「鬼政」も実に魅力的な人物で、高知弁のセリフがまた、よかった。

 従来の任侠映画といえば、高倉健さんや鶴田浩二さんが主人公の侠客をヒロイックに演じたわけですが、鬼政には善悪では測れない屈折した人間味があります。強く鋭い一面もあれば、かわいそうな一面もある。子どもっぽい一面もある。つまり、それだけ演じがいがあったということです。

 現在発売中の『週刊大衆』8月8日号では、仲代が岩下志麻や小林政広監督についても語っている。

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