御家人の定義とは?最後まで「頼朝の武士団」であろうとした鎌倉幕府の理想と現実 (2/3ページ)
集結した武士たち。誰が御家人かそうでないか、幕府当局も把握しきれていなかった?(イメージ)
とは言え、この事態に手をこまねくばかりではなく、鎌倉幕府当局も対策を講じています。
一つ、御家人たるべき輩の事、 弘安十 五 廿五御沙汰
祖父母、御下文を帯するの後、子孫、所領を知行せざると雖も、御家人として安堵せしむるの条、先々の成敗に相違すべからず。但し其の身の振る舞いに依り、許否の沙汰あるべきか。※「御成敗式目」追加法第609条、弘安10年(1287年)5月25日付
【意訳】御家人の定義について、弘安10年(1287年)5月25日に取り決めた。
祖父母が頼朝公の時代にいただいた御下文(おんくだしぶみ)を持っている者は、所領がなくても御家人として認めることは、以前に判例が出た通りである。ただし、本人の振る舞いによって許否を判断する場合もある。
時代が下るにつれ、祖先が恩賞として賜った所領を失ってしまった御家人が多かったことが察せられます。
「それでもかつて所領を賜った証文があるなら、御家人として認めてやろう」という救済と、御下文を持たないニセ御家人の排除が図られたのでした。