100万振の日本刀が海の底に!?戦後のGHQによる「刀狩」と日本政府がとった対策
GHQに睨まれた日本の「宝物」
終戦直後に、日本がアメリカに占領されたのはご存じのとおりです。そしてGHQによる占領政策の中には、「日本刀を回収・破壊」するというミッションもありました。
限定的な分野の話なので注目されることも少ないですが、今回はこの、知られざるミッションについて説明します。
古来から、日本において刀剣は、単なる武器ではありませんでした。
古墳時代には墳墓に埋葬されましたし、多くの神社で御神体として祀られたりもしています。下賜や献上の際に贈答品となることもあり、こうした刀剣は宝物として大切にされていました。
また南北朝時代、後鳥羽上皇が刀剣の鑑定に秀でていたという内容の記述が『増鏡』にあることから、鑑賞の対象であったこともわかります。
こういった鑑賞の対象になるような日本刀の刀身には、神仏に関する文字や絵が彫られることがあります。すると刀剣としての強度が弱くなるため、戦場で武器として使うことはできませんでした。
実は日本国内の戦で、刀傷が致命傷となった兵は以外にも少ないと言われています。戦場で活躍するのはもっぱら弓矢であり、戦国時代以降は鉄砲でした。
もちろん刀が使われないという意味ではありません。武器として使うべく、強度を高めた刀も数多く作られています。
このように日本には宝物としての日本刀、鑑賞物としての日本刀、武器としての日本刀など、さまざまな刀がありました。
これが全て、GHQから目を付けられることになります。
「美術品」とされた日本刀たち第二次世界大戦で敗北し、GHQの占領下に置かれた日本。
GHQこと連合国軍最高司令官総司令部が入った第一生命館(1950年頃撮影・Wikipediaより)
GHQは日本に対して「民間の武装解除条項」を指示しました。これはいわば昭和の「刀狩」です。軍部だけでなく、一般国民が所有する武器もすべて接収されることになったのです。
そして、その武器の中には日本刀も入っていました。GHQはそれらに区別をつけることなく一斉に接収しようとしたのです。
日本政府はこの措置に抗議しますが、なかなか聞き入れてもらえません。
そこでこの問題を打開するべく、政府は日本刀に美術的価値を与えることでGHQの接収の対象外にすることを狙いました。この目論みは半分ほど成功します。
GHQは美術品としての日本刀の所持は認めましたが、価値がないと判断されたもの相変わらず接収の対象となりました。問題は、そうした日本刀の「価値」を判定するのが日本側ではなくあくまでもGHQ側だったという点です。普通に考えて、彼らに日本刀の美術的価値が分かるはずがありません。
この問題の救世主となったのが、アメリカ第8軍憲兵司令官だったC.V.キャドウェル大佐という人物です。
彼は日本側の主張に耳を傾け、国宝級の刀剣に関して接収しないことを決めます。また、その選定はGHQではなく日本政府が行うことになりました。
海底に沈む刀たちこうして美術的価値があるものや歴史的・宗教的な重要性が高いもの、個人の思い出の品など、約8万本の日本刀が接収を免れることになります。
現在国宝に指定されている名刀・大包平(おおかねひら)も、これで救われた刀の一つです。
平安時代末期に作られた国宝・大包平(Wikipediaより)
またこの時キャドウェル大佐の助言を受けて、日本美術刀剣保存協会が設立されることになりました。
同協会は刀剣の保護や普及、職人技術の保存を目的として、今日に至るまで精力的に活動しています。
このようになんとか救われた刀剣がある一方、接収されてしまった刀剣はなんと約100万振。正式に接収されたのではなく、略奪されたものを含めると300万振に及ぶとも言われています。
接収した刀の処分方法がまた雑で、そのほとんどは海に投棄されました。今もどこかの海底には、戦後に接収された日本刀が大量に眠っているのです。
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