日本、中国、台湾がそれぞれ領有権を主張。尖閣諸島の歴史とは?その3 (2/3ページ)
どうしてこのような事になったのか、前回に引き続き日本側の歴史を振り返りましょう。
台湾上陸
前回は第二次世界大戦での日本の敗戦の結果、連合国最高司令官指令 (SCAPIN) 第677号により米軍の直接管理下に置かれていた尖閣諸島を含む南西諸島でしたが、沖縄返還協定に基づき、1972年5月に沖縄の一部として尖閣諸島の施政権も無事に日本に返還されました。
胸を撫で下ろすのもつかの間。1970年(昭和45年)9月2日、国民政府(台湾)による記者団らが魚釣島に上陸。岩に「蒋総統萬盛」(蒋介石バンザイという意味)と書き上げて気勢を上げる写真が配信されたのです。
これに対して同年9月10日、琉球政府は改めて尖閣諸島の領有を宣言。鉱業権の認可を認めることとしました。
魚釣島には青天白日旗が建てられていましたが、同年9月15日までに米民政府の指示に基づき琉球政府が旗を取り外したのでした。

1978年(昭和53年)に古賀善次が死去しましたが、後継者がなく所有権は友人に譲渡されました。
同年には政治団体日本青年社が魚釣島に私設灯台を建設し、保守管理してきました。