日本には古代から大量のニセ金が!?政府非公認でも普通に使われていたお金「私鋳銭」とは? (3/3ページ)
中でも、製造場所がはっきり分かっているのが、大隅国加治木(現在の鹿児島県姶良市)で作られていた加治木銭です。
これは明銭の「洪武通宝」を模したもので、裏面に「加」「治」「木」のいずれかの文字が入っているのが特徴です。製造が始まったのは1599年頃と考えられています。
このようにして時代が下り、江戸時代になると、江戸幕府は新たに寛永通宝という貨幣の製造を始めました。それまで放任状態でぐちゃぐちゃだった貨幣の流通について、きちんとした官銭を設定することで経済のコントロールをはかったのです。
こうして江戸時代には金座や銀座といった役所も全国に置かれるようになり、貨幣の製造や流通の管理が行われました。
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こうした政策の強化によって、ずっと使われていた私鋳銭は激減し、次第にその姿を消していったのです。
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