中森明菜、近藤真彦と“金屏風”の前で結婚否定 滑稽な会見の真相は【芸能界、別れた二人の真相】 (2/2ページ)
近藤のもとには遺骨と引き換えにレコード大賞を辞退しろという内容の脅迫状が届くも未解決のまま、いまだに遺骨は不明であります。真犯人は中森の熱狂的なファンが中森の3連覇を確実なものにするために犯行に及んだのではないかとの説が根強く、これ以降、2人の関係は変わったといわれています。さらに1989年2月、近藤が当時、俳優・神田正輝の妻だった(1997年1月離婚)松田との“密会不倫”を『FRIDAY』(講談社)が報道。この時、近藤は米・ハワイで中森とデートをした後、米・ニューヨークで松田と密会していたよう。当時の中森は、近藤とけんかをするたびに自殺未遂を起こしていたとされ、コンサートをドタキャンするなど精神状態は悪化していたといいます」(芸能ライター)
1989年7月、当時24歳の中森は東京・六本木にある近藤(当時24歳)の自宅マンションで”自殺未遂“騒動を起こした。当時、帰宅した近藤に発見された中森は、病院に搬送されて一命を取り留めるも、近藤と松田の”密会不倫“が引き金になったといわれた。そして、同年の大みそかに中森は復帰会見を開き、会見の途中からは近藤も同席。また、2人の背後には”金屏風“が設置され、まるで婚約報告会見のような会場だった。だが、近藤の態度はどこか他人行儀で、自身の今後の決意を表明すると、明確に中森との結婚を否定。これにより、2人は破局を迎える形となったのだ。
「交際当時、近藤はカーレースにのめり込み、莫大な費用を必要としていたといいます。これに、一部では中森がためていたお金をレースにつぎ込んでいたという話もあり、そのお金は、結婚後の新居を購入する資金で8000万円ほどだったと報じられました。また、この“金屏風会見”については諸説ありますが、2021年5月のニュースサイト『デイリー新潮』によれば、金屏風は中森の復帰会見とのことから“めでたい席”だとホテル側が判断し、気を利かせ用意したとのことで、これが様々な誤解を招いたと報じています」(前出・同)
今年7月、57歳を迎えた中森は現在も独身を貫く。前述の事件が尾を引いているのかは不明だが、まずは元気な姿に安堵の思いである。