親族に所領を奪われた慈恩(じおん)。「元寇」以後、姿を消していく女地頭たち【鎌倉時代】 (2/3ページ)
「なので久保殿、此度の申告では、どうか名義をお貸し下され」
慈恩は自分の地頭職と所領を、親族である久保種栄(くぼ たねよし)の名義で申告しました。
「えぇ、構いませんよ」
果たして申告は無事に済み、幕府当局による没収は避けられたのですが……。
「出ていって下さい。今日から当地は我がものとなりましたので」
これで一安心と思っていたら……慈恩を追い出す久保種栄(イメージ)
地頭職と所領を譲られた久保種栄は、たちまち慈恩を追い出してしまったのです。
「そんな、私はただ申告の時だけ名義を借りたかっただけなのに……」
「当局に申告した以上、地頭職と所領は我がものです。もしご不満なら、訴え出られてはいかがか?」
まさか、そんな事をすれば不正がバレて、地頭職も所領も幕府に没収されてしまいます。
「ぐぬぬ……」
どう足掻いても自分の元へ戻らないなら、騒ぐだけ労力の無駄というもの。結局、慈恩は泣き寝入りするよりありませんでした。
終わりにまさに庇を貸して母屋を奪られてしまった慈恩。
その後、彼女が現地に留まって久保種栄の保護を受けたのか、あるいはどこへともなく去ったのかは分かりません。