見送り方で問われる度量。戦国大名・藤堂高虎が家臣のために開いた送別会がこちら
もし皆さんが人を雇っているとして、その方が退職を願い出た時、皆さんならどう対応しますか?
引き留めたり、快く送り出したりなど状況により様々と思いますが、この時の態度で経営者としての器量が示されるものです。
今回は戦国大名・藤堂高虎(とうどう たかとら)のエピソードを紹介。果たして彼は、去りゆく家臣にどう接したのでしょうか。
送別会にて「何、暇乞いとな」報告を受けた高虎は、家臣に面会します。
「行くあてはあるのか」
「は、ドコそこに伝手がございまして」
普通「他家(他社)へ移籍する」と聞けば、相対的に「当家が劣っていると言うことか」と感じてしまい、あまり気分もよくないもの。
あーそうかい、だったらサッサと出ていくがよい。せいぜいご活躍を祈念いたします……など捨て台詞を吐きたくなるかも知れません。しかし高虎はそんなこと言わず、翌日に送別会(茶会)を開いて送り出します。
「餞別に太刀などとらせよう。存分に腕を奮うがよい」
「ありがたき仕合わせ。この御恩、生涯忘れませぬ」

「短い間にはございましたが……」暇乞いをする家臣(イメージ)
お土産を持たせるだけでもなかなか太っ腹なのに、高虎は更に付け加えました。
「もし再仕官先が肌に合わなんだら、戻って参れば今と同じ禄高で召し抱えよう」
いつ出ていくのも自由だし、いつでも帰ってきていいよ。なかなかそんなことを言ってくれる職場はありません。
「……まことにございますか?」
「あぁ、約束する。何なら証文も書いてやろうか?」
旅立って行った家臣たちの中で、実際に戻って来た者には約束通り以前の禄高で再雇用したと言うから大したもの。去る者は追わず、来る者は拒まない高虎の器量は広く天下に知れ渡ったということです。
終わりに以上は『古今記聞』が伝える藤堂高虎のエピソードですが、去り行く家臣たちにここまで寛大な態度をとったのはなぜでしょうか。
あえて送り出すことで、「外を見させる」のもよい経験に(イメージ)
去りたがっている者を無理に引き留めたところで不満を溜めるばかり、奉公にも熱が入らなそうです。それなら一度外に出して(再仕官なり浪人なり)苦労させることで、「やっぱり藤堂家の方がいい」と気づく可能性があります。
そして出戻ってきた者を以前と同じ禄高で召し抱えれば、感謝の気持ちでより一層奉公に励んでくれることでしょう。
(逆に、出戻りのペナルティにいくらか知行を減らしたところで大して財政も潤わず、自業自得とは言えモチベーションの低下は避けられません)
また、出たまま帰って来なくても「藤堂の殿様は太っ腹だ」という評判につながりますから、餞別の太刀はいわば宣伝広告費。中長期的にしっかり回収可能です。
目先の損得や感情にとらわれず、快く部下を送り出して再び迎え入れた藤堂高虎の度量は、現代ビジネスにも応用可能かも知れません。
※参考文献:
藤田達生『江戸時代の設計者 異能の武将・藤堂高虎』講談社現代新書、2006年3月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan