女遊びや博打で破産した家臣たちを、戦国大名・藤堂高虎はどう処罰した?
昔から道楽の代表格として「呑む・買う・打つ」の三拍子が挙げられます。
酒を呑む、女性を買う(風俗に行く)、博打を打つ(現代なら競馬やパチスロ等)……いずれも多額の現金を浪費し、ついには身を持ち崩す悪徳に他なりません。
(でも、分かっちゃいるけどやめられないのが人間というものです)
ところで、そんな悪徳の中でどれがマシなんでしょうか。
そんなもん五十歩百歩な気もしますが……戦国大名・藤堂高虎(とうどう たかとら)はこう判断したそうです。
博打と女遊びで破産した家臣たち今は昔し、高虎の元へこんな報告が舞い込みます。
「御屋形様、わが家中より破産者が5名も出てしまいました」
さっそく事情を調べさせたところ、5名のうち3名が博打で全財産をスってしまい、残り2名は遊郭通いに全財産を貢いでしまったとのこと。
所領に館に、挙句の果てに差料まで質屋に入れてしまったと言うから目も当てられません。
「彼らの処分をどうされますか?」
全員同じにするか、あるいは一人ひとり個別に決めるか……考えた末、高虎は決めました。
「遊郭通いの者についてはただちに追放。博打で破産した者については、減封の上で閉門百日間とせよ」
閉門とは居館の正門を閉鎖(見せしめに)する刑罰ですが、夜間などに勝手口からこっそり出入りすることは黙認されたようです。
「御意」
果たして処分は実行に移されましたが、博打より女遊びの方が重罪とする判断に疑問をもつ家臣もいました。
「破産したのは同じなのに、なぜ博打の方が軽い処罰なのでしょうか?」
これに対して、高虎の答えて曰く
「女にうつつを抜かす腑抜けなど役には立たぬが、博打に挑む者は相手に勝とうとする気概がある」
とのこと。この判断に家臣たちはさすが我らが大将よと褒めたたえたそうです。
終わりに以上、『名将言行録』『武家盛衰記』などが伝える藤堂高虎のエピソードを紹介しました。
武士は何より闘志が大事。戦いを生業とする以上、勝たねば生きて行けません。たとえ全財産を失おうと、再び這い上がる気概さえあれば何とでもできる。そんな時代の空気を感じます。
博打も破産もしたくありませんが、彼らの闘志?は見習いたいところですね。
※参考文献:
岡田繁実『名将言行録 現代語訳』講談社、2013年6月 南條範夫『武家盛衰記』文春文庫、1989年10月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan