大河ドラマ「どうする家康」の予習に!瀬名の母・巴(真矢ミキ)のモデル・関口夫人がたどった生涯

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大河ドラマ「どうする家康」の予習に!瀬名の母・巴(真矢ミキ)のモデル・関口夫人がたどった生涯

今川家の品格を守る気高き母

巴 ともえ
[真矢ミキ まやみき]

瀬名の母。今川家につながる出自の高貴な女性。愛娘・瀬名が格下の家康と結婚することに反対するが、のちに良き理解者となる。今川家を離反した家康と離れ離れになり、幼子を抱えて暮らす瀬名の不安を受け止める。

※NHK大河ドラマ「どうする家康」公式サイトより

愛娘・瀬名(演:有村架純。築山殿)と共に、松平元康(演:松本潤)の帰還を待ちわびる(演:真矢ミキ)。夫の関口氏純(演:渡辺篤郎)と共に娘夫婦を見守る、優しくも凛とした母ですが、彼女はどんな生涯をたどったのでしょうか。

そこで今回は巴のモデルとなった関口夫人(氏純正室)を紹介。NHK大河ドラマ「どうする家康」の予習にどうぞ。

今川義元の妹?井伊氏の出身とも

関口夫人は生年不詳、実名も定かではありません(巴は大河ドラマのオリジナル設定)。広く今川義元(演:野村萬斎)の妹と言われていますが、『系図纂要』にはこんな記述がありました。


今川義元朝臣妾
後関口刑部大輔親永妻

※『系図纂要 二十七 藤氏 廿一 土佐流 與板 彦根』

【意訳】井伊直平(いい なおひら)の娘。今川義元の妾で、後に関口刑部大輔親永(ちかなが。氏純)の妻となった。

井伊直平とは井伊直政(演:板垣李光人)の曾祖父なので、関口夫人は直政の大叔母に当たります。

義元の妾から養妹へ(イメージ)

遠江の国人・井伊氏が人質として送ったところ気に入られて妾となり、後に義元の養妹として関口氏純へ下げ渡されました。

天文8年(1539年)~同9年(1540年)ごろに瀬名(築山殿)を生み、弘治2年(1556年)1月15日に元服した松平次郎三郎元信に嫁がせます。元信は15歳、瀬名は17~18歳ですから姉さん女房(2~3歳年上)ですね。

やがて永禄2年(1559年)に嫡男・松平信康(演:寺嶋眞秀⇒細田佳央太)が誕生。しかし永禄5年(1562年)、元康が今川を裏切ったため、夫の氏純が今川氏真(演:溝端淳平)に離反を疑われて切腹を命じられました。

関口夫人も夫と共に自害、その生涯に幕を下ろした……と『松平記』にはあるものの、その後も氏真が「関口伊豆守(氏純、義広)」に関する文書を発給しているため、氏純は永禄9年(1566年)ごろまで生きていたと考えられます。

義廣
刑部少輔 伊豆守 今の呈譜氏廣につくる。関口を号す。

(義廣の)女子
東照宮の御臺所、築山殿と称す。岡崎三郎信康君の母堂たり。

※『寛政重脩諸家譜』巻第九十五 清和源氏(義家流)瀬名

夫に殉じていない(そして病死などしていない)のであれば、関口夫人も生きていたと考えられるため、その後長命を保っていて欲しいですね。

終わりに

どうなる氏純(イメージ)

以上、巴こと関口夫人の生涯をたどってきました。と言っても謎が多いため、大河ドラマではキャラクターづくりが楽しみな一人と言えます。

真矢ミキの凛としたたたずまいが、視聴者にどんな物語を魅せてくれるのか、今から楽しみですね。

※参考文献:

『寛政重脩諸家譜 第一輯』国立国会図書館デジタルコレクション 『系図纂要 二十七 藤氏 廿一 土佐流 與板 彦根』国立公文書館デジタルアーカイブ 黒田基樹『北条氏康の妻 瑞渓院 政略結婚からみる戦国大名』平凡社、2017年12月 黒田基樹『家康の正妻 築山殿 悲劇の生涯をたどる』平凡社新書、2022年10月

トップ画像(右): NHK大河ドラマ「どうする家康」公式ページより

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