俳優・石黒賢、第一線を走り続けた【人間力】「俳優というのは、監督からの指示を凌駕するパフォーマンスを本番で出さないと、もう次はない」

日刊大衆

石黒賢(撮影・弦巻勝)
石黒賢(撮影・弦巻勝)

 俳優というのは、監督からの指示を凌駕するパフォーマンスを本番で出さないと、もう次はない仕事だと思っているんです。今回出演させてもらった映画『狼 ラストスタントマン』で描かれたスタントマンの世界も、その点は通じるものがあると思いましたね。

 スタントマンって”体が資本”の“裏方”って呼ばれる人たちで、俳優の代わりに危険なシーンを見せなくちゃいけない。自分の顔が表に出るわけじゃない中でモチベーションを保ち続けるのはすごく大変なことだと思うんです。

 今作で元スタントマンの役で出演されている、現役スタントマンの髙橋昌志さんと話をしていると、彼の中ではどういうスタントを見せるか、という明確なビジョンがあって、それは監督がイメージしている動きの常に二段階くらい上をいっているんです。それこそがプロフェッショナルなんだ、と痛感しましたね。

 昨今のCGで何でも見せられる時代において、危険なシーンをわざわざスタントマンが命を張って見せることはなくなってくる。そのうちスタントマンはいなくなっちゃうーー映画の中でもそんなセリフがあったけど、そういった危機感とか、自分がこの先、社会に必要とされるのか、といった不安は、職種に限らず、映画を見てくれた誰もが共感してもらえるところだと思っています。

 そうした点で考えると、デビューから40年近く俳優をさせてもらっている僕は、本当に幸運ですね。

 僕の俳優人生は17歳で主演したドラマ『青が散る』(TBS系)で始まったけど、そもそもは父(元プロテニスプレーヤー・石黒修氏)から番組のプロデューサーを紹介されたのがきっかけでした。それまではずっとテニスをやっていて、僕のレベルじゃプロは厳しいと思っていた頃でした。当時の僕はすごく好奇心が強くて、ドラマってなんか面白そうだな、そんな思いで引き受けたのを覚えています(笑)。

■実際、現場に入ると、もうてんでダメ

 実際、現場に入ると、もうてんでダメ。出演が決まって3か月はレッスンを受けましたけど、しょせんはつけ焼き刃。まったくうまくできた感覚はありませんでした。でも、作品を作っていく中で、俳優や監督、スタッフが編み出すチームプレー感が面白くて。それまで、テニスという個人プレーしか体験したことがなかったから、すごく新鮮で面白く見えたんです。

 そして今に至るわけですが、僕にとっての芝居の理想形は“芝居をしていないように見せる”こと。そもそも、芝居に正解なんてなくて、自分のやり方にこだわっても良いことは一つもないと思っています。やっぱり、何の気負いもせずやっている自分を、俯瞰して見ているもう一人の自分がいるーーという感じにならないとダメ。スポーツで言うところの“ゾーン”と同じことだと思うけど、そういう状態はそうそう訪れなくて、難しいですね。

 一方で、長く活動をしていると、自分の年齢やキャラが、仕事の幅を狭めているな、と感じた時期もあって、僕にとってはそれが30代。20代の頃は恋愛ドラマの主役とかをさせていただいていましたけど、30代になると、会社の上司や父親を演じるには、年齢的に中途半端なんです。

 以前、松方弘樹さんに「男は40歳を過ぎてから」と言われたことがあったんですけど、そういう意味では、40歳を過ぎてからがちょうど良いって言うか、幅が広がった感じがしましたね。

 俳優という職業は定年がありません。だから、これからもいただいた仕事に向き合って、監督からの指示を凌駕するパフォーマンスを全力で出していきたい。昔、街中で「いつも見ているわよ。あなたが出ている作品は面白いものね」って言われたことがあって、やっぱり、チームプレーで、みんなの思いがひとつになってできた作品が喜ばれるのは、本当にうれしいんです。今後も、そう言ってもらえるように頑張っていきたいですね。

石黒賢(いしぐろ・けん)
1966年1月31日、東京都生まれ。1983年、ドラマ『青が散る』(TBS系)で俳優デビュー。以降、『振り返れば奴がいる』『ショムニ』シリーズ(ともにフジテレビ系)などのドラマや『竜とそばかすの姫』『マスカレード・ナイト』『20歳のソウル』などの映画に出演。俳優業のかたわら、絵本などの児童文学の翻訳家やウインブルドンテニスの番組ナビゲーターを務めるなど幅広く活躍している。

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