さらば武藤敬司!2月21日に迫る引退試合…インタビューで語っていた思いとは?

日刊大衆

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 2023年2月21日、“プロレスの天才”と呼ばれる男が、ついにリングを下りる。

 武藤敬司、60歳。1984年、アントニオ猪木が創設した新日本プロレスに入門すると、抜群の身体能力と柔道で鍛えた格闘センスを武器に、トップレスラーへの道を駆け上がった。

「武藤のすごさは、日本マットのみならず、ペイントレスラーのグレート・ムタとして本場・アメリカでもトップを獲ったことです。これは60年代にアメリカでメインエベンターの座を勝ち取ったジャイアント馬場に匹敵する快挙。今、WWEで活躍する中邑真輔を含め、日本が世界に誇る大物レスラーの一人です」(ベテランプロレス記者)

 新日本、アメリカ、全日本プロレス、そして現在、所属するプロレスリング・ノアと、多くの団体を渡り歩きながら、38年間に及ぶ激動のレスラー人生を送ってきた武藤。昨年7月、『週刊大衆』は膝と股関節のケガの深刻化により、引退を発表した直後の“天才”に、インタビューをしている。

〈俺の引退試合も、あんまり思い出の相手にこだわらなくてもいいんじゃねえかなあ。それより最後までベストパフォーマンスで現役を退きたいよな〉(『週刊大衆』7月25日&8月1日合併号)

 その言葉通り、レスラー人生の締めくくりに指名したのは、生まれ故郷・新日本のトップレスラーながら、これまで大きな接点のなかった内藤哲也(40)。そして、その舞台は東京ドームだ。

 国内最大級の5万5000人(現在)を収容する東京ドームだが、チケットは1月の時点でソールドアウト状態となり、世間を巻き込んだ“武藤フィーバー”が起きている。

 元東京スポーツ記者で、長らく新日本プロレスのテレビ中継で解説を務めた柴田惣一氏は、こう言う。

「チケットが爆発的に売れているのは、今のファンだけでなく、昭和や平成のファンにまで響いているということ。かつてのファンも、青春時代に応援した武藤選手の最後の雄姿を、生で見たいと思ったんでしょう」

■この試合はプロレス界にとって昭和・平成の終わり、令和の始まり

 柴田氏は今回の引退興行について、「今、東京ドームでやることに意味がある」と指摘する。

「武藤選手自身、“引退試合をドームでやるのはプロレス界の未来のため”と発言している。それは、コロナ禍で低迷気味だったプロレス人気を復活させたい気持ちがあるから。この試合は、プロレス界にとって昭和・平成の終わり、令和の始まり、ということでしょうね」(前同)

 その東京ドームで初めて引退試合を行ったプロレスラーは、師匠でもあるアントニオ猪木だ。昨年10月1日、79歳で天国へと旅立った“燃える闘魂”は、98年4月4日、同会場の最高動員記録である7万人の大観衆を集め、激闘のレスラー人生に終止符を打った。

 試合当日、解説として会場にいた柴田氏が振り返る。

「相手を決める当日開催のトーナメントを勝ち抜いたのが、猪木さんとつながりの薄いドン・フライだったことに、現場の記者の間でも驚きの声が上がりました。でも、これこそ常にファンを驚かせたいという、猪木イズムの真骨頂。それを最後まで貫いたわけです」

 新日本でデビューし、UWFなどでも活躍した元プロレスラーの山崎一夫氏は、猪木の引退興行に参加したレスラーの一人だ。

「猪木さんには、対モハメド・アリをはじめとした異種格闘技戦のイメージも強くあります。それが、僕たちが立ち上げたUWF、さらにUFCやPRIDEにつながった。その意味で、元UFC王者のフライは引退試合にふさわしい相手だったと思います。実際、試合はマウントポジションを取り合うなど、格闘技色が強い展開になりました」

 2月20日発売の『週刊大衆』3月6日号では、このほかにも世界を熱狂させた伝説のレスラーの引退試合を特集している。

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