“パパ嵐”となった二宮と櫻井の妙縁は、祖父にもあった (2/2ページ)
二宮は、実在した山本幡男役を熱演した。
瀬々敬久監督からオファーを受けたのは20年だったが、同年いっぱいで嵐の活動休止が決まっていたため、答えを保留。瀬々監督は1年待った。このとき、二宮はある真実を思い出した。祖父がシベリアの抑留者だったのだ。少年期、祖父から直接聞いたことはあった。4年ほど拘留され、1949年の冬に帰還したらしいが、まだ幼かった二宮は掘り下げて聞くことはなかった。
「祖父も住んでいた東京下町で生まれ育った二宮さんですが、小さいころは家から子どもの感覚で4、500メートル離れ、いつも遊んでいた公園で2、3度ほど不発弾が見つかっていたそう。避難警告が出たらしいです。ラーゲリ、祖父、不発射弾という妙縁が1本の線でつながっている」(ウェブライター)
嵐の共通点。探せばまだ発掘されそうだ。
(伊藤由華)