「自分は損をしている」と感じた時に思い出したい仏教の教え (2/2ページ)
――修行をしてもダメですか?
世良:修行をしても欲自体から切り離されることはできません。お釈迦様が飲まず食わずの苦行を行っても悟りを得ることはできませんでした。やはり人間には本来的な生理的な欲があって、そこから逃れることはできません。
ただ、あらゆる欲が悪いということではないですし、欲から解放されるというよりは、いかに欲に執着せず、私欲にとらわれることなく生きられるか。自分ばかりという思いではなく、利他の心を持ちながらいかに生きられるかを考えるべきではないかと思います。
――現代を生きる私たちが仏教の教えに触れる意味はどんなところにあるとお考えですか?
世良:現代は「自分だけが損をしている」という気持ちになりやすい時代だと思います。ただ仏教の世界観を頭に入れておくと、そういった理不尽さの感情にはとらわれにくくなるのではないかと考えています。
いい条件、いい環境で暮らしている人と自分を比べてしまうこともあると思うのですが、それは人それぞれ持って生まれたカルマの違いですから、比べても仕方がないわけです。仏教に触れることで世界観が広がり、思考が自分を苦しくする方向に向かわない効果はあるのではないでしょうか。
――仏教の教えに触れなくても幸福に生きている人もいます。宗教を必要とする人とはどのような人なのでしょうか。
世良:仏教の教えを知らないと幸せになれないということはありませんし、私自身も仏教だけが人を悟りに導く教えだとも思っていません。
たとえば、よく風邪を引く人とまったく引かない人がいて、よく風邪を引く人は風邪を引かない方法を学ぶ必要があります。宗教も一緒で、苦しみにとらわれやすい人はそうならない方法を学ぶ必要がある。その一つの方法が仏教なのかもしれません。風邪をまったく引かない人(苦しみにとらわれない人)は仏教の教えに触れなくても幸せに生きることができる人です。そういう人は自力で悟りを得られるのではないかと思います。
――最後に、読者の方々にメッセージをお願いいたします。
世良:本書を手に取ってくださる方々にはまずお礼を申し上げます。こうして仏教の教えを描いた本書に触れてくださることも何かの縁だと思います。この本が人生を前向きに生きるきっかけになってくれたら嬉しいです。
(新刊JP編集部)