誰もが裏切り、去っていく中…最後まで今川氏真を守り抜いた忠臣・朝比奈泰朝【どうする家康】

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誰もが裏切り、去っていく中…最後まで今川氏真を守り抜いた忠臣・朝比奈泰朝【どうする家康】

今川氏真「陣触れを出したはずじゃ。他の者はどうした!」

岡部元信「葛山、朝比奈、三浦……皆、武田方につきました……」

氏真「なぜ皆……余を見捨てるか!」

※NHK大河ドラマ「どうする家康」第12回放送「氏真」より

劇中で家臣の「朝比奈(あさひな)」が、今川氏真(演:溝端淳平)を見捨てて武田信玄(演:阿部寛)に寝返ったとの言及がありました。

暗君として悪評高い氏真だが、忠臣たちが支えるに値する存在ではあったはず(イメージ)

しかし同じ朝比奈でも、最後まで氏真を見捨てることなく守り抜いた者もいるのです。

武田へ寝返った朝比奈信置(のぶおき、駿河守)に対して、こちらは朝比奈泰朝(やすとも。備中守)。氏真を自身の治める懸川城(掛川城)へ迎え入れ、徳川家康(演:松本潤)を相手に徹底抗戦しました。

今回はそんな朝比奈泰朝の武勇伝を紹介。NHK大河ドラマ「どうする家康」では言及されない忠臣の活躍を、お知りおきいただけたら幸いです。

朝比奈泰朝は生年不詳、一説には天文7年(1538年)生まれと言います。

弘治3年(1557年)に父の朝比奈泰能(やすよし。備中守)が亡くなると家督を継ぎ、永禄3年(1560年)の桶狭間合戦では織田方の鷲津砦を攻略、窮地にあった大高城を救いました。

主君・今川義元(演:野村萬斎)の討死後も今川家に対する忠義は揺るがず、永禄5年(1562年)には氏真を見限ろうとしていた井伊直親(いい なおちか)を粛清しています。

氏真への忠義を貫き、徹底抗戦する泰朝(イメージ)

また武田の動向を察知したのか、それを牽制するべく越後の上杉謙信(うえすぎ けんしん)としきりに交渉。態勢を立て直すべく時間を稼ぎたかったところですが……。

永禄11年(1568年)に駿府を追われてしまった氏真を懸川城へ迎え入れ、徳川勢を相手に徹底抗戦。翌永禄12年(1569年)5月に氏真が降伏、北条氏康(ほうじょう うじやす)の元へ身を寄せるとこれに付き従いました。

かくして名門・今川家は滅亡したものの、泰朝は何とか御家を再興しようと上杉謙信に援助を要請しています。

しかし元亀2年(1571年)に氏康が亡くなり、嫡男の北条氏政(うじまさ)が家督を継ぐと、武田と北条の同盟が復活してしまいました。

北条家中において肩身の狭くなった氏真は、元亀2年(1572年)ごろに家康の元へ身を寄せる決断を下します。これに泰朝は猛反対したでしょう。

「徳川の慈悲を受けて命を永らえようとは、今川の誇りをお忘れか!」

「うるさい、背に腹は代えられんのじゃ!」

「……然らば御免!」

ついに泰朝は氏真と決別、そのまま消息を絶ったということです。

終わりに

以上、朝比奈泰朝の生涯をごくざっくりとたどってきました。氏真に対する忠義は確かだったものの、家康に膝を屈するのは耐えられなかったのでしょうね。

信置の切腹(イメージ)

ちなみに寝返った方の朝比奈信置は武田家臣として活躍したものの、武田家の滅亡後に織田信長(演:岡田准一)の命で自刃して果てます。

また、泰朝の子孫たちは酒井忠次(演:大森南朋)に仕えてその家名と血脈を後世へと受け継ぎました。

大河ドラマでは名前しか出ないような武将たちにも、当然それぞれの葛藤や決断があったのです。みんな全力で生き抜いていたことに思いを馳せてみると、ドラマ観賞にもより深みが出るのではないでしょうか。

※参考文献:

小和田哲男 編『戦国大名家臣団事典 東国編』新人物往来社、1981年1月 戦国人名辞典編纂委員会 編『戦国人名辞典』吉川弘文館、2005年12月

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