「男色」は武士のたしなみ!?徳川家康が寵愛した美少年・井伊直政との絆【前編】 (2/4ページ)

Japaaan

14歳になり徳川家康に出仕

 彦根駅前の井伊直政公像(写真:photoAC)

井伊直政は、1561年(永禄4年)、遠江国祝田(とおとうみのくにほうだ/現在の静岡県浜松市北区)にて、今川氏の家臣であった父「井伊直親(なおちか)」の嫡男として誕生しました。幼少期の名前は「虎松」。

虎松が1歳になった頃、父・直親は松平元康(のちの徳川家康)との内通嫌疑で、今川氏12代当主「今川氏真」(いまがわうじざね)により謀殺されてしまいます。虎松の養母であった「井伊直虎(なおとら)」は、女城主として奮闘するも井伊家は滅亡。

虎松は、三河国(愛知県新城市)にある「鳳来寺」に預けられ14歳まで過ごすことになったのです。

そして、14歳になった1575年(天正3年)、直虎は直政を徳川家康に出仕させることにしました。

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