「追悼」歌舞伎役者・市川左團次丈…雑誌記者の語る人柄「泰然自若とした落ち着いた雰囲気で、ときどき真顔でジョーク。とにかくカッコよかった」 (2/2ページ)

日刊大衆

 2016年7月末の、暑い日の真っ昼間だった。私は『週刊大衆』の老け顔の編集者と、重鎮のカメラマンの3人で、まだ再建して3年の歌舞伎座の楽屋に左團次丈を訪れた。会社から木挽町までの移動で汗だくになっている我々だったが、左團次丈は胸元に白いチーフを差した水色の麻のジャケットとベスト、広く襟を開いた白いシャツに真っ白なスラックスという出で立ちで、汗ひとつかかず座っていた。

 その時点でもう後期高齢者に達していたはずの左團次丈だったが、梨園屈指の長身をかがめることなく、背筋をピンと伸ばして座布団に座る素顔の彼を見て、「26歳も年下のカミさんをもらうのは、こういう人なんだなぁ」と感嘆した覚えがある。とにかくカッコよかったのだ。

 インタビューでの左團次丈は「泰然自若」というのがピッタリくるような落ち着いた雰囲気で、ときどき真顔でジョークを飛ばし、それがまた本人の人柄もあって大層おかしかった。

 初舞台は東京劇場(東劇)だったことや、当時、「子どもの楽屋の親玉」だった先代の中村錦之助(後の萬屋錦之介)・嘉葎雄兄弟に連れられてタチの悪いイタズラをさんざん行ったこと、若い頃、菊五郎劇団で、市村羽左衛門丈や二代目の尾上松緑丈ほか先達から「寄ってたかって芝居を教わった」ことなど、歌舞伎ファンにはたまらない話をたくさんしてくれた。

 インタビューの前年に、尾上菊五郎丈と共演した『夕顔棚』という演目がとても楽しくて良かった、と伝えたところ、「おや、そうでしたか」と、ほんの一瞬だけ相好を崩したのが忘れられない。

 小さい頃から菊五郎劇団でともに育ってきた、いわば幼なじみの菊五郎丈との共演は評判がよかったのか、この演目は2021年にも同じ2人で再演されており、またこの6月にも舞台にかけられるはずだった。楽しみにしていたファンも多かったはずだ。

■左團次丈が指摘した、毛色の変わった直し

 さて、週刊誌では、原則的には取材対象に前もって原稿を見せることはしないものなのだが、医療記事など事実誤認があれば人命にかかわるネタや、単独インタビュー記事などの場合、本人の発言だけを抜粋して入稿原稿を見せることがある。

 このときも、印刷所に渡す前の原稿を左團次丈に見せたところ、朱字がいくつか入って返ってきた。ほとんどはこちらの事実誤認や用語の間違った使い方を指摘する的確な朱だったが、ひとつだけ毛色の変わった直しが入っていた。

「歌舞伎界は一つの大きな家族。その家族の無償の愛に育ててもらった」

 という一文の後に、

「自分がしてもらったことを次の世代に繋げていきたい」

 と書き足してあったのだ。

 おそらくそれが、左團次丈が心から望んでいたことだったのだと思う。

 日本の演劇界は惜しい人を亡くした。四代目市川左團次丈のご冥福を祈る。

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