長嶋茂雄と大谷翔平、日本の宝・Wスーパースターの生んだ驚異の伝説「長嶋は好きな四字熟語に“長嶋茂雄”」 (2/2ページ)
さらに言えば、通算10本のシーズン開幕戦での本塁打も世界最多の記録。とにかく、印象的な場面で打つんです」(スポーツ紙記者)
■長嶋の代名詞となった1959年6月25日の天覧試合
そんな長嶋の代名詞となったシーンが、プロ2年目の1959年6月25日に行われた天覧試合。
同点で迎えた9回裏。阪神・村山実から放った劇的なサヨナラ本塁打は、プロ野球を国民的スポーツへと押し上げる、まさに歴史的な一発でもあった。
「大の相撲好きで、野球は一度も観たことのなかった昭和天皇を、あの一発でファンにした。しかも、両陛下は、あの試合、延長戦までは見られない予定だったと言います」(前同)
そして、これこそがスターの証明だという。
「天覧試合とはいえ、記録上は単に本塁打が1本増えただけ。大谷もWBC決勝で、メジャーの英雄でエンゼルスの盟友であるマイク・トラウトを自ら三振に取って、胴上げ投手になりましたが、これも記録上は奪三振が1つ増えただけ。でも、どちらも記録では語る
ことができないじゃないですか。野球をスポーツではなく、物語にしてしまうのがスターなんです」(同)
長嶋が残したものは、印象的なプレーだけではない。球場の外の言動もスターにふさわしいものだった。前出のせんだ氏は言う。
「大学生時代の長嶋さんには、“好きな四字熟語を書いて”と渡された色紙にデカデカと“長嶋茂雄”と書いたという話もあるくらい。僕が懇意にさせてもらうようになってからも、そういう言動は多々ありますが、恐れ多くてツッコめなかった(笑)」
たとえば、ゴルフで一緒にラウンドしたときなどは初回から、こんな調子。
「1打目から、いきなりOBを打ったんですけど、ニコニコしながら、“ファー”じゃなくて“ファール!”って(笑)。OBじゃなくてファールだから当然、打数にもカウントしないんです。でも、それがズルって感じじゃない。一事が万事、そんな調子でしたね」(前同)
4月24日発売の『週刊大衆』5月8・15日号では、大谷のスゴすぎる伝説も紹介。このほかにもスポーツニュースを多く掲載している。