身長2メートル超えの大巨漢!?姉川の戦いで本多忠勝と一騎討ちしたとされる『真柄直隆』とは?【どうする家康】 (2/3ページ)

Japaaan

実は真柄氏は足利義昭が朝倉義景を頼ってくるまで軍役を負担するだけの家臣で、完全な家臣ではありませんでした。

実際に正式な家臣になったのは直隆の代のころです。直隆は、身長約2m10㎝で体重は約250㎏の大巨漢。その体格で武芸に優れており、黒鹿毛の馬に乗って戦場を駆けまわりました。また、太郎太刀以外の大太刀を使っていたことでも知られています。

大太刀の全長は史料によって様々で、越前刀匠・千代鶴国安作の約161cmの大太刀や、『明智軍記』による約237cmの大太刀、『朝倉始末記』による約288cmの大太刀があります。

太郎太刀は、備中国で活躍した青江派が工作した大太刀で、221㎝もの刃長を有していました。

子も怪力無双だった

子だけでなく直隆の弟・直澄も怪力で知られている/Twitterより

直隆の子である真柄隆基(まがら-たかもと)は、刃長166㎝もある「次郎太刀」を所有していました。隆基も父と同じく怪力無双の持ち主で、義昭が義景を頼って一乗谷へ訪れた際、黒い卵形の大石を数十回空へ向けて投げ飛ばす怪力ぶりを披露したと言われています。

その際、直隆も大太刀を軽々と頭上で数十回振り回し、親子ともども怪力ぶりを披露しました。

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