娘はまだ嫁にやらん!?権力者から娘への求婚を歌人・大伴家持はどのように断ったのか? (2/2ページ)

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求婚をしてきた人物は、藤原久須麻呂(ふじわらのくずまろ・仲麻呂の子)です。彼は当時の朝廷で権力を握っていました。後に、さまざまな職を歴任した人物です。

大切な娘を、まだ渡したくない……!

当時は男性が15歳、女性は13歳で結婚が許されていました。そんな状況のなか、藤原久須麻呂から求婚があったとき、大伴家持の娘は12歳でした。愛妾の子どもではありましたが、愛情をかけてきた大切な娘。家持は、まだ恋を知らないような娘の気持ちを考え、結婚はもう少し待ってほしいと断ることにします。

求婚は断る!だけど丁寧に

先ほどの歌(春風の 音にし出なば ありさりて 今ならずとも 君がまにまに)に戻りましょう「春風がはっきり音を立てて吹くようになったら(娘が成長したら)」と言って「今は待ってほしい」と求婚を断る旨を伝えています。しかし、「時が来たら、あなたさまの気持にお任せいたしましょう(あなたさまのお心のままに)」と、将来への含みを持たせています。

権力を持つ人物との結びつきを持ちたいという気持ち、または娘を大切にする気持ち、そのどちらもが大伴家持にはあったのかもしれませんね。

いかがでしたか?この記事が、みなさんが少しでも日本文化や歴史の面白さに興味を持つきっかけになれば嬉しいです。

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