ド派手にいくぜ!安土・桃山文化が豪華絢爛な理由とその特徴について解説 (2/3ページ)

Japaaan

檜図屏風(Wikipediaより・一部抜粋)

また戦国大名は、城郭の発展とあわせて、書院造の庭園を競うように作っていきます。書院というのは武家の住宅のことで、そこに座って鑑賞することを目的とした庭なので書院造と呼ばれるようになりました。

庶民文化・芸能文化も発達

また庶民レベルでも安土・桃山文化は大きく影響しており、大都市では裕福な商人たちが台頭したことで、庶民の世俗的な姿を描いた風俗画が描かれるようになります。有名なのは教科書でもよく紹介される洛中洛外図屏風や、職人尽図屏風などです。

さらに芸能分野では、出雲阿国が始祖とされる阿国歌舞伎が生まれました。また三味線が登場したのもこの頃で、その原型は琉球王国から伝わった三線(さんしん)だといわれています。

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