タモリ、ビートたけし、明石家さんま…お笑いBIG3「やっぱりすげえ」爆笑伝説30連発
圧倒的な存在感を放ち、今も芸能界の頂点に君臨する3人。あまりに劇的なその人生は、笑いと涙に満ちていた!
■オリエンタルラジオ中田敦彦による“松本批判”
芸能界を騒がせている『オリエンタルラジオ』の中田敦彦による“松本批判”。
「中田は、自身のユーチューブチャンネルで、『ダウンタウン』の松本人志が、『M-1グランプリ』をはじめ、数々の賞レースで審査員を務めていることに、苦言を呈しました。カリスマ的な立場にある松本に、ケンカを売ったわけです」(芸能記者)
これに対して、松本はツイッターで〈2人だけで話せばいいじゃん。連絡待ってる!〉と反応。
「松本は挑発に乗ってしまいましたが、中田が、こうした騒動を起こすのはいつものこと。現に、5月に放送されたテレビ番組でも、“(お笑い界に)BIG3まだいるのおかしくないですか?”と発言しましたが、当の3人は相手にもしませんでした」(前同)
まさに王者の余裕。そこで今回は、現在お笑い界に君臨する“BIG3”のタモリ、たけし、さんまの爆笑伝説を紹介しよう。
■映画『首』カンヌ映画祭で絶賛
まずは、6年ぶりの新作映画『首』が、カンヌ映画祭で絶賛された“世界のキタノ”ことビートたけし(76)から。芸能レポーターの川内天子氏が言う。
「1986年の“フライデー襲撃事件”は、記者が愛人といわれた専門学校生に強引な取材をしたことに、たけしが怒ったのが発端でした。今回のカンヌ映画祭でも、18歳年下の夫人を連れて行ったように、女性に優しいんです」
ただ、たけしの優しさは女性に限らない。かつて、たけしの運転手を務めていた、つまみ枝豆が、話の流れで「ベンツが欲しい」と話したところ、翌日、たけしからボロボロの紙袋に入った現金700万円を渡されたという。
「いったんは受け取った枝豆ですが、“やっぱり自分で頑張って稼ぎます”と返却。たけしは、“おまえなら、そう言うと思ったよ”と受け取ったそうです」(お笑いライター)
優しさだけでなく、ときに厳しさも見せるのが、たけし流。同じく弟子のガダルカナル・タカは、こんな話を好んで語っている。
「『たけし軍団』の草野球チームの試合の日、バイクが故障して遅刻したタカは、たけしに激怒されて、グラウンドを何周も走らされたそうです。たけしは“遊ぶのも一生懸命遊ばなきゃ、おもしろくねーだろ”と諭たとか」(前同)
■バイク事故の記者会見で取材陣は騒然としたが
そんなたけしの、不屈の精神がかいま見えたのは、94年に東京都新宿区で起こしたバイク事故だ。一命は取り留めたものの、「退院後、記者会見に現れたたけしは重度の顔面マヒ状態で、取材陣は騒然となりました。ところが、たけしは“顔ゆがんだまま、片岡千恵蔵のような悪役になろうかな”と発言して、会場の空気を変えました」(夕刊紙記者)
お笑い評論家のラリー遠田氏が言う。
「どんなときでも人を笑わせたいという、芸人としてのプライドがにじみ出ていますね」
■宮迫博之らが起こした“闇営業問題”でも
一方、芸人として今も第一線で活躍を続けているのが、明石家さんま(67)だ。現在も、テレビでレギュラー番組を5本持っている。
今回の中田敦彦の騒動について、記者にコメントを求められたさんまは、「審査員を引き受けている松本を“ええなあ、仕事あって。俺んとこにも話ぐらい来いよ”と笑いに昇華しました」(前同)
前出の川内氏は言う。
「さんまさんほど、取材にていねいに応じてくれる人はいませんね。2019年に宮迫博之さんらが起こした“闇営業問題”でも、さんまさんは、自身の所属する吉本興業の問題にもかかわらず、コメントをくれました。しかも、毎回、笑わせてくれたんです」
常に誰かを笑わせようとするサービス精神は人一倍。4月3日放送の『トゲトゲTV』(テレビ朝日系)に出演した関根勤は、こんな逸話を披露している。
それぞれの車で高速道路をドライブした2人。関根は、さんまの後ろに続いていたが、「料金所で、さんまに応対していた収受員がゲラゲラ笑っていたそうです。何を話していたのか関根が聞くと、“さんまさん、面白いよね。窓を閉めたまま、チケットを出そうとして”って」(テレビ誌記者)
そんなサービス精神は、こんな太っ腹なやり方で発揮されることもある。
「正月に、番組のスタッフや共演者に、1人1万円のお年玉を配ってくれるんです。対象は数百人に及びます。さんまさんは“儲かっている人が使ってあげないと、不景気になってしまうやろ”と話しているそうです」(番組制作関係者)
一方、さんまは仕事に厳しいことでも知られる。
■『さんまのまんま』で見せた面白トークの秘密
「16年まで30年以上レギュラー放送された『さんまのまんま』(フジテレビ系)で、一度も収録を欠席したことはありません」(前同)打ち合わせはなし!さんまのアドリブ芸
同番組に台本はなく、さんまは事前の打ち合わせにも参加しなかったという。
「それどころか、さんまさんは、楽屋からスタジオに向かうほんの1~2分間に、その日のゲストが誰かを聞いていたそうです」(同)
あれだけの面白トークが、なんと、即興で繰り広げられていたのだ。前出のラリー遠田氏が言う。
「どんな相手が来ても面白くできる、という絶対的な自信があるからこそ、ゲストを事前に確認したりしないんでしょう」
■ギャラクシー賞「放送批評懇談会60周年記念賞」を受賞して
最後はタモリ(77)。『第60回ギャラクシー賞』の「放送批評懇談会60周年記念賞」を受賞したが、5月31日の贈賞式では、「褒められて気持ち悪い」「過大評価です」とニヤリ。
「生粋の芸人であるたけしやさんまと違って、タモリは保険会社の外交員や、ボウリング場の支配人、カフェのマスターなど、社会人経験のあるところがユニークです」(芸能記者)
そんなタモリに転機が訪れたのは、福岡に住んでいた1972年のこと。
「ジャズミュージシャンの渡辺貞夫がホテルに泊まっていると知ったタモリは、知り合いのツテを頼りに訪問。すると、ジャズピアニストの山下洋輔らが部屋でドンチャン騒ぎをしているところに出くわして、飛び入り参加したそうです」(お笑いライター)
おまけに、ちゃっかり仲良くなってしまったのだ。
「タモリはでたらめな韓国語で、いきなり話し始めて、その場にいた全員をトリコにしたんです。ひとしきり盛り上げた後、タモリは“森田です”とだけ名乗って立ち去ったとか」(前同)
■赤塚不二夫の家に居候、ベンツを乗り回していた
東京に戻った山下は、仲間たちと『タモリを呼ぶ会』を結成。依頼を受けて上京してきたタモリは、その才能にほれ込んだ漫画家・赤塚不二夫氏の家に居候させてもらうことになった。
しかも、家賃17万円、4LDKの高級マンションで我が家のように振る舞い、赤塚のベンツも平気で乗り回していたという。
「タモリは“赤塚さんは、別に住むところがあるんだろう”と思い込んでいましたが、居候のタモリに遠慮して、狭い仕事場のロッカーで寝ていました。そのことに気づいたタモリですが、今、自分が出て行ったら、せっかくの好意を台なしにしてしまうと考えて、奥さんまで呼んで住み続けたんです」(同)
後にタモリは、居候の秘訣を“卑屈にならない”ことだと語っている。
その恩人である赤塚氏は2008年に亡くなり、葬儀でタモリは弔辞を述べた。
「赤塚氏への感謝がつまったスピーチで、最後に“私も、あなたの数多くの作品の一つです”と締めくくり、会場は感動で包まれました。ところが、このとき読み上げていたはずの弔辞の紙は、真っ白だったことが判明。タモリ一流の“ギャグ”だったんですね」(芸能記者)
■3人がそろうとさらにスゴい!
このように、豪快で人間味あふれる伝説を持つBIG3。だが、3人がそろうと、さらにスゴい。
「1991年の『FNS27時間テレビ』(フジテレビ系)で、たけしは、さんまの愛車であるレンジローバーを運転。車庫入れに失敗したふりをして、車体を破壊しました。暴走したたけしだけでなく、タモリもアシストしている。しかも、被害者のさんまも笑いになるからと受け入れている。見事なトリオ芸です」(前出のお笑いライター)
その後も、3人の信頼関係は変わらないようだ。
「32年続いた『笑っていいとも!』(フジテレビ系)の最終回では、たけしが表彰状を読み上げ、電話出演したさんまも“明日、大丈夫?”と尋ねるタモリに“いいとも~!”と返して、盛り上げました」(前同)
強い絆で結ばれた3大スターの活躍は、まだまだ続きそうだ。
■まだある! BIG3 「やっぱりすげえ」爆笑伝説
『オレたちひょうきん族』(フジテレビ系)の収録日、たけしは「お化けが出て調子悪いんだ」と撮影をキャンセル。さんまは「お化けで欠席が許されるんだから、伝説の人や!」と驚嘆。
「フライデー襲撃事件」の謹慎明け、テレビに復帰したたけしは、さんまにゴルフ焼けしていることを突っ込まれ、「ずっと家で読書していることになってるんだから」と言い訳。
クイズ大会で優勝して100万円もらったたけし。「この金で飲むぞ!」と、たけし軍団を連れてフグ料理屋に繰り出したところ、会計が130万円になってしまい、現金を足して払った。
ドタキャン常習犯だったたけしのために、『世界まる見え!テレビ特捜部』(日本テレビ系)では、収録現場にたけし好みの奇天烈な衣装を毎回10点近く用意。そのおかげで皆勤賞に。
『お笑いウルトラクイズ』(日本テレビ系)で優勝したラッシャー板前が「賞品として時計が欲しい」と言うと、たけしは自分がつけていた200万円以上する腕時計をプレゼント。
ある軍団員の結婚披露宴で、たけしは「私には子どもが二人います。でも、ときどき、軍団と呼ばれる、周りにいるこいつらのほうが、かわいいときがあります」とサプライズ祝辞。
若い頃は「24時間寝ない男」と言われていたさんま。芸能界の友人と旅行したときには、心配した浅田美代子らから、ワインに睡眠導入剤を盛られた。現在は5時間睡眠らしい。
「病院に行くから、病気になる」と健康診断に行かないさんま。今までに経験した最大の病気は37度3分の発熱。そのときは、ベッドに子どもらを呼び、「俺もうアカンと思った」。
1988年に結婚した大竹しのぶと豪邸を建てたが、離婚後に売却。その際、5億円の借金を背負ったが、その時期を後で振り返って「(仕事に集中できて)すごい楽だった」と告白。
『さんま・一機のイッチョカミでやんす』(日本テレビ系)でスタジオ入りしたさんま。800万円かけて造ったコント用のセットを見て「それ、いらんわ。おもろないんやから」と一蹴。
自身が出演する舞台の打ち上げで、100人に及ぶ関係者を高級焼肉店『叙々苑』に招待。300万円以上といわれる会計を一人で払ったうえ、「お疲れさん!」と一人、立ち去った。
『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)にゲスト出演したさんま。出演者らに「リハーサルから声を張れ!」とダメ出しを続け、岡村隆史に“お笑い怪獣”と名づけられた。
幼稚園に入る年齢になったタモリ。一人で見学に行き、童謡を歌ってお遊戯をしている園児たちの姿に「とても恥ずかしく、バカバカしく思えた」ため、そのまま入園をやめた。
大学時代、友人と日光に出かけたとき、旅費を立て替えた。学費用だった、その金は返ってこず、授業料を払えずにいたところ、大学を除籍。だが、タモリは友人を責めなかった。
テレビデビューした『土曜ショー』(NET系)を見ていた黒柳徹子はタモリの芸に衝撃を受け、すぐ出演を依頼。テレビ出演2回目で『徹子の部屋』(テレビ朝日系)に登場。
『笑っていいとも!』(フジテレビ系)の「テレフォンショッキング」で、間違って一般の会社に電話。悪ノリして出てくれた女性に出演を依頼し、3日間、一般人の出演が続いた。
同じく『笑っていいとも!』で、爆笑問題の田中裕二に「意味のあることをしてくださいよ」と言われたタモリは「俺のやることに意味なんかあるわけないだろ!」と、逆ギレ。
長寿番組を続ける秘訣をインタビューで聞かれたタモリは、「反省なんかしません。反省なんかしたら毎日やっていけませんよ。悪いこと、いっぱいあるんだもの」と名回答。