「おぐらが斬る!」一時は豊かであった北朝鮮が世界の最貧国に落ちるまで (1/2ページ)
いまや北朝鮮は、世界でもっとも貧しい国の1つだ。しかし60年ほど前の北朝鮮は、一時的とはいえアジアの発展途上国でもっとも工業化が進んだ国となり、共産主義の理想的な国と言われたほどであった。北朝鮮は韓国に対しても優位に立っていたのだ。
なぜ北朝鮮はここまで落ちてしまったのか? 一言でいえば最初のリーダー金日成はカリスマであったが、国家経営についてはダメンズであったからだ。
1953年、朝鮮半島は二つに分断され、北朝鮮という国が誕生して以来、ソ連や中国から援助を受け続け、ずっと自立できず援助や支援で生きてきたダメンズ国なのだ。
北朝鮮が1950年~1960年にかけて一時的に豊かになったのは、巨額の経済的支援をソ連や中国から受け取り、道路・鉄道・港湾・ダムといった産業の再建が進んだからだ。
なぜソ連や中国、特にソ連がここまで北朝鮮を支援したかというと、北朝鮮と韓国が冷戦の縮図であり、北朝鮮が資本主義国の韓国に劣るということは、共産主義国の敗北であったからだ。
金日成はそれらの支援金を豊かな鉱山の開発に使わず、軍事力の強化と軍需産業の基盤となる重工業につぎ込んだ。
重工業とは製鉄や造船、軍需などだが、金日成は重工業を重視するあまり、農民を強制的に工場へ動員した。そのため食料生産力がどんどん落ちてきた。それでも1970年くらいまで北朝鮮は韓国に比べて経済的に優位にたっていた。
80年代になるとこれまで頼りにしてきたソ連など共産諸国からの援助が大きく減り、エネルギー不足や食糧難で餓死者が出るようになった。
その80年代に、韓国は激に民主化や五輪を行うなど急激な経済成長をしていくのである。
やがて頼りにしていたソ連は崩壊。中国は改革開放路線に舵を切った。北朝鮮はそれでもこれまでの方針を特に変えなかった。
ソ連はロシアとなり、北朝鮮への支援は激減した。そのため支援で食べていた北朝鮮は90年代になると大量の餓死者を出すようになり最貧国へと落ちて行った。
それでも金日成の後継である金正日・金正恩は金日成路線を受け継ぎ、決して改革などをしようとしなかった。
理由はカンタンだ。改革は金王朝の崩壊のリスクがあるからだ。