日本が進化させた卓球の歴史「ピンポン」の語源は?本邦に輸入されたのはいつ? (2/3ページ)

Japaaan

坪井玄道(Wikipediaより)

おそらく彼もイギリスで卓球に触れて、その魅力を感じ取り、日本でも広めようとしたのではないでしょうか。

その後、卓球は日本国内で広まり、1923年には初の全国大会が開催されました。

このように見ていくと、日本は卓球というスポーツを輸入しただけのようですが、実は後年、日本は世界の卓球の歴史を変える発明をしています。それが裏ラバーです。

裏ラバーによる革新

ラバーとは卓球ラケットに貼り付けて使用するもので、ラバーの特性に応じたボールが打ちやすくなるものです。ラケットとラバーの組み合わせによってパフォーマンス向上が期待できるのですが、実は現在よく用いられている「裏ラバー」を発案したのは第二次世界大戦後の日本でした。

裏ラバーとは、従来のラバーを裏返して貼るもので、これにより指の操作とは関係なく、ボールに強力な回転をかけることができるようになったのです。

ここで一気に技術が発展し、反発力の高いスポンジラバーや裏ラバーとスポンジラバーのハイブリッドである裏ソフトラバー、一枚ラバーと組み合わせた表ソフトラバー、さらにその表ソフトラバーの進化形であるツブ高ラバーなどが生まれました。

この革新的な技術は世界中に広まり、卓球の歴史を変えました。

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