幕末期「ええじゃないか騒動」の黒幕は薩長だった?最新学説の陰謀説を検証 (2/3ページ)

Japaaan

ジャーナリストの体験

というわけで最近は、この「ええじゃないか騒動」は何者かが扇動したのではないかという説も出ています。

例えば、江戸時代に幕臣で、明治時代になるとジャーナリストとして活躍した福地源一郎という人は、自著の中で自身が「ええじゃないか」に遭遇した時の話を記しています。

11月末のこと、福地が兵庫に出向いたところ西宮で「ええじゃないか」に巻き込まれたのですが、その時、薩摩の武士と思われる一味や浪人たちが通過した後で、例の御札が舞い降りてきて「ええじゃないか」が始まったという話を聞いているのです。

福地源一郎(Wikipediaより)

言われてみると、デマを流し、こういう形で市井の人々を煽る動機があるのは、当時の薩摩・長州藩の人間たちです。

当時は長州藩兵が討幕のチャンスを伺っており、また安芸や薩摩の兵たちも上洛する機会を狙っていたといいます。しかし大阪にいる幕府軍は数が多かったので、庶民を煽って騒ぎを起こすことで、どさくさに紛れて挙兵するのを狙っていたのかも知れません。

黒幕は薩長か?

もちろん今のところ物的証拠はないのですが、ええじゃないか騒動は薩長の人間によって扇動されたものだと考えると、辻褄が合う部分もいろいろあります。

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