かつて正座は「正しい座り方」ではなかった?日本人と正座の関係をたどる (2/3ページ)
では、なぜ正座が日本人の正式な座り方として定着したのでしょうか?
徳川家光と「畳」日本人の間で正座が一般的なものとなった理由としては、江戸時代の二つの出来事が挙げられます。
ひとつは、江戸幕府が小笠原流礼法を採用し、参勤交代で集められた大名たちが全員将軍に向かって正座すると決めたことです。これにより、正座が武士の作法として全国に広まりました。
一説によると、これは単なる儀礼として定めたのではなく、徳川家光が突然斬りかかられることを防ぐために考案したともいわれています。
参勤交代という政策は、大名が幕府に歯向かうことを防ぐために多額の支出を余儀なくさせ、力を削ぐという側面がありました。これとあわせて、正座をさせることで暗殺の危険を未然に防ぎ、家光は念入りに幕府の体制維持をはかったと言えるでしょう。
さて正座が普及したもう一つの理由は、この時代に畳が庶民にも普及し始めたことです。畳の上では胡座よりも正座のほうが体勢が安定しやすく、また畳を傷めないようにするためにも、正座の方が適切だったのです。
「正座」の確立しかし、最初に述べた通り、江戸時代でも正座は一部の人が儀礼的に行うものでしかありませんでした。身分や階層によって、座り方は異なっていたのです。
