大河ドラマ『どうする家康』はどこまでが史実通り?デタラメ演出を一刀両断!
放送中のNHK大河ドラマ『どうする家康』。徳川家康といえば、大河ドラマではおなじみの武将で、これまで主役で2作品、登場作では24作品にも上る。
「今回は、主演に松本潤を迎え、さらには人気脚本家の古沢良太氏を起用。これまでにはない“大胆アレンジ”で家康を描いています。ただ、これが多くの批判を浴びる結果となっているんです」(テレビ誌ライター)
たとえば、8月6日放送の第30回は、織田信長(岡田准一)亡き後の「清須会議」の様子が描かれたが、これにも放送後、“ツッコミ”の声が上がった。
「豊臣秀吉(ムロツヨシ)が、信長の孫・三法師を後継者として担ぎ上げて、自身を後見人としてアピールした。ただ、実際の清須会議は、後継者が三法師であることは既定路線だった、というのが定説とされているんです」(歴史ライター)
ドラマに“演出”が必要なのは当然だが、この場合、その度合いが少々、強すぎるとも言える。
そこで今回は、専門家の協力の下、そんな本作の“違和感”と、歴史上の真実を徹底検証していこう。
まずは主人公の徳川家康から。おなじみの人物像は、
「権謀に長けた腹黒タヌキ」というイメージだろう。ただ、本作では、重大な局面で逃げ出したり、ままごとに興じたりと、気の弱い優柔不断な人物として描かれている。しかし。
「ドラマとは違って、家康は、かなり短気だったと考えられています」
こう語るのは、歴史家の加来耕三氏だ。
「彼の有名なクセで、ストレスがかかると爪をガリガリ噛むというのがあるんですが、実際に本能寺の変のときもガリガリやっていたようです。家臣からは“爪を噛むのは恥ずかしいから、やめてくれ”と、注意されていたようです」(前同)
一方、『週刊大衆』連載でもおなじみ、『超新説で読みとく信長・秀吉・家康の真実』(ビジネス社)の著書もある歴史研究家の跡部蛮氏は、「家康が優柔不断な人物だったという可能性はある」と指摘する。
■有村架純演じる正室・築山殿(瀬名)とのラブラブっぷりも史実ではない?
「家康は桶狭間の戦いの後、今川義元が討たれたことで将来に絶望し、切腹しようとして家臣に止められたという伝承があります。本能寺の変の後でも切腹しようとしたとする史料もあり、“頼りない”と言える面はあったようです」
そんな優柔不断な家康の成長が描かれる本作にあって、最も物議を醸したのが家康と、有村架純演じる正室・築山殿(瀬名)との関係だろう。劇中で二人は、出会って以降、ずっと“ラブラブ”なカップルとして描かれてきたが……。
「もともと築山殿は今川方の人間。家康が今川方と切れたときに、離縁してもおかしくなかった。形としては正妻ですが、完全に冷え切った、形だけの夫婦ですね」(前同)
劇中、彼女が敵である武田とひそかに通じていたことが発覚し、息子の信康(細田佳央太)とともに、信長から切腹を命じられる。実は、武田・今川・徳川で同盟し、戦のない平和な世を作ろうとしていた、というのが劇中での理由だった。
「これには驚きました。何か史実があって、それを拡大解釈するなら分かりますが、築山殿のこれは完全に空想。現代のような“平和構想”なんて当時はありえません。どうして、そんな話を考えついたのか、不思議です」(前出の加来氏)
実際、築山殿は夫である家康を裏切り、息子の信康とともに謀反を企てた“悪女”だったというのが、現在の定説だという。
ただ、本作ではラブラブな夫婦として描かれた家康と築山殿。切腹が決まった妻を、夫は逃がそうとする。
だが実際には、家康は、切腹を歓迎していた、という見方まであるという。
「家康のいる浜松の家臣と、築山殿のいる岡崎の家臣の間でいざこざがあり、家康は岡崎を、なんとかしたいと考えた。そのタイミングで謀反の疑いが出たので、家康は切腹に向けて、自発的に動いた可能性もあるんです」(前出の跡部氏)
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