「関ヶ原の合戦」で徳川軍の武将が着けている「伍」の旗指物&陣羽織は何の意味?【どうする家康】 (2/4ページ)
あの「伍」には、どんな意味があるのでしょうか。
「伍」の字は徳川家康の命を受けた使番の証し「伍」の旗指物や陣羽織を身に着けている武将たち。彼らは使番(つかいばん。古くは使役)と言って、命令を伝える役目を担っていました。
いわゆる伝令将校ですが、たかが使い走りとあなどるなかれ。徳川家中でも、相応の身分≒信頼と実力ある者が務めています。
(情報の正確迅速な伝達は戦場における死活問題ですから、めったな者には任せられませんでした)
井伊家の使番。背中の母衣までもが赤備で統一されている(伍の字は使われていない)。「関ヶ原合戦図屏風」より
「伍」を用いたのは徳川家康直属の使番に限られ、この字は「互」に通じ、互いに助け合う仲間という意味があったと言います。
現代でも隊伍(仲間の集団)・列伍(仲間入りする)・落伍(仲間から外れる)などと使われていますね。
家臣や友軍は「伍」の旗指物や陣羽織で味方(徳川方)と識別し、家康からの命令を承ったのです。激しい戦闘で「伍」の旗指物がちぎれてしまっても、陣羽織で何とか識別したことでしょう。