初めは恩賞用として作られた!? 日本で初めての全国通貨「天正大判」とは (2/3ページ)
初めての統一通貨を造った豊臣秀吉 狩野光信画 京都・高台寺蔵
天正大判に加えて、秀吉は「天正通宝」や「永楽通宝」といった金銭や、4~5グラムの重さを持つ「太閤円歩金」なども製造しました。これらの通貨はすべて恩賞用でしたが、秀吉は貨幣経済の発展を推進する一環としてこれらを制作しました。
秀吉は「太閤の金配り」として知られ、喜ばしい出来事があるたびに臣下に金や銀を惜しげもなく分け与えました。
彼は経済感覚に優れた政治家でもあり、たとえば、天正時代に近畿地方で飢饉が発生し、経済が停滞すると、鴨川や桂川の堤防の普請を急遽行い、貧民に仕事を提供し、賃金を支払うことで救済しようとしました。公共工事が景気刺激策として機能する仕組みを理解していました。
この天正大判は、秀吉の奢侈好みの象徴ではなく、むしろ貨幣経済への第一歩と見なすべきものです。