大谷翔平&藤井聡太、国民的ヒーローとなった2人の天才はこうして生まれた!
今シーズン44本塁打を放ち、日本人初のMLBホームラン王となった、“世界の二刀流”大谷翔平(29)。
一方、数々の史上最年少記録を塗り替え、10月11日、前人未到の八冠に輝いた将棋の藤井聡太(21)。
国民的ヒーローとなった2人の天才は、いかにして誕生したのか。両者の秘密を徹底調査すると、意外な共通点が浮上した。
まずは、ルーツとなった家庭環境から。
「大谷は、インタビューで“両親から叱られた記憶がない”と答えており、好きなだけ野球に打ち込めたそうです。藤井も、将棋や、得意科目の地理の勉強に傾倒。ときには夕食もそっちのけだったそうですが、両親は一切、口出ししなかったそう。夢中なことはトコトンやらせるという教育方針は、共通しています」(全国紙文化部記者)
そんな両者は、異常な負けず嫌いで周囲を驚かせていたという。
藤井が幼少期に将棋を学んだ『ふみもと子供将棋教室』(愛知県)の塾長・文本力雄氏は、次のように語る。
「当時の(藤井)聡太は、対局で負けると大泣き。他の生徒から“先生、また、聡太くんが泣いてます”なんて報告があったり、ときには10分以上、泣きやまなかったこともありましたね」
大谷も幼少時から勝ちへの執着が強く、缶蹴り遊びの勝敗をめぐり、年上の友達と取っ組み合いのケンカをしたこともあったとか。
そんな2人は、野球と将棋、それぞれの勝負の世界へ身を投じ、大きな目標を掲げる。
前出の文本氏が言う。
「聡太が小4で教室を卒業するとき、私は、“名人を目指すなら応援しない。名人を超える棋士になれ”と言ったんです」
その言葉を受けた藤井は、小学校の卒業文集に「名人をこす」と決意を表明する。
一方で、大谷は高校時代に人生の転機を迎えた。大リーグ評論家の福島良一氏は、次のように語る。
「大谷は、高校3年のときに、今後の人生を描く“人生設計ノート”で、“世界一の選手になる”という目標を掲げました。そのための道筋も書いています」
■現在の2人の共通点とは?
世界一の選手になるため、大谷は、高校卒業後に日本プロ野球へ進まず、メジャー行くと表明したのだが、
「当時、日本ハムを率いていた栗山英樹監督が、メジャーで活躍したいなら、まずは日本球界で学ぼうと説得したんです。結果、日ハムで二刀流を磨いて、メジャーへ。今の大谷の活躍を見ていると、栗山さんという恩師の存在は大きいですね」(前同)
同じく藤井も、小学4年から杉本昌隆八段に師事し、八冠となった今も、強い師弟関係が結ばれている。
では、現在の2人の共通点とは? まず思い浮かぶのが、野球と将棋に人生をささげている点だ。特に、アスリートの大谷は、徹底した食事管理で知られる。
「大谷は、2020年のインタビューで、血液検査をして食事メニューを決めていたと語っています。そこで自身の体に合わない食材を見つけ、一時期は、小麦などに含まれるグルテンを摂取しない“グルテンフリー”を試したこともあったとか」(夕刊紙記者)
その一環なのか、大谷は酒をほぼ飲まない。チームメートに誘われても、ビールを1杯だけ飲んで終わることも多いという。
「実は藤井も、めったに酒は飲まず、月に1回だけ、家で梅酒の炭酸割りを、ほんの少し口にするそうです。梅酒を飲む理由も、“甘いので飲みやすい”と語っていたので、酒にあまり興味がないんでしょう」(前同)
一方、 “勝負メシ”には強いこだわりがあるようだ。
「藤井は子どもの頃からラーメン好き。中1の頃、杉本八段と訪れたという名古屋市北区のラーメン店『陣屋』には毎月のように通っていたそう。また、地元開催の対局では、名古屋名物のみそ煮込みうどんを食べることでも有名です」(同)
対して、大谷は、「アメリカの自宅近くにある、日本料理の高級居酒屋へ、お忍びでよく行きます。そこは、大谷の通訳を務める水原一平さんの父が働く店で、大谷のための“スペシャルメニュー”もあるという話です」(同)
この続きは10月23日発売の『週刊大衆』11月6日号にて。