我が子に試したい!二刀流・大谷翔平&八冠・藤井聡太の「天才の理由&才能の育て方」 (2/2ページ)
そして、兄の影響もあり、小学2年生にして、地元の硬式少年野球チーム『水沢リトル』への入団を希望する。
「たいていは、低学年なら安全な軟式野球で、硬式は高学年になってから。体も未熟ですし、まだ早いと考えるのが普通ですが、徹さんは、大谷の思いを尊重。いずれ高校では硬式を使うことになるからと、入団を許したそうです」(スポーツジャーナリスト)
■“オンとオフ”の切り替えの訓練になった親子関係
徹さんは、硬式野球をやらせるからには、全力でサポートすると、覚悟を決めたという。
「当時、徹さんは昼夜交代制で徹夜勤務もある仕事に就いていて、ハードな毎日。でも、大谷が入ったチームのコーチに志願して、子どもの野球につきあおうと決心したといいます。仕事を犠牲にしてでも……と口で言うのは簡単ですが、両立させるのは、かなり大変だったはず」(前同)
コーチとなった徹さんは、自らに、ある鉄則を課した。それは「チームの子どもたちと、平等に接すること」。自分の子どもをひいきしないという父の思いは、息子を成長させたようだ。
「大谷は、コーチである父の立場を考え、“息子である自分が試合に出るためには、チームメイトが納得する、圧倒的な実力がなければいけない”という思いを常に持っていたそうです。そこで、自分の能力を客観視できる力が養われたのではないでしょうか」(同)
ただ、コーチとして厳しく接する一方、徹さんは親子関係も大切にしたという。
「いったんグランドを離れれば、2人は親と子に戻る。移動の車中や一緒に入るお風呂では、普通の“親子の会話”をしていたそうです。グラウンドではコーチと選手、家では親と子という関係が、結果的に“オンとオフ”の切り替えの訓練になっていたようですね」(前出のスポーツ紙記者)
その一環か、大谷家では、夕食は必ず、家族全員で食卓を囲んでいたという。
「食事中の家族の話題は、ほとんどが野球。家族全員が野球という同じ趣味を共有していたせいか、大谷家の3人の子どもはみんな、反抗期らしい反抗期がなかったそうです」(前同)
前出の児玉氏も、「家族での夕食」は、子育てによい習慣だと語る。
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