歌舞伎役者と密通し夫を毒殺!さらし首になった明治時代の毒婦「原田きぬ」が起こした事件 (2/3ページ)

Japaaan

夜嵐阿衣花廻仇夢(野田市立図書館 所蔵)

16歳で芸者に、大変な美貌の持ち主だった

きぬが16歳のとき、父と母が相次いで亡くなります。その後は芸者となりますが、持前の大変な美貌で人気に。何人もの歌舞伎役者と関係があったと言われています。その後、通い詰めた小林金平に見初められ、身請けされます。こうしてきぬは、小林の妾となりました。

美しい歌舞伎役者と密会

きぬは、大坂の美しい歌舞伎役者・嵐璃鶴(りかく)と密会します。彼は後世の記述で、すらっと背が高く、やせ型で品位のある風采だった、と言われています。やがて2人は将来を約束しあう仲に。そこで邪魔者となったのが小林金平でした。

明治4年、事件発生

嵐璃鶴と相思相愛だったきぬ。明治4年には、主人である小林金平を毒殺してしまいます。

金平が亡くなったあとは、菩提寺である上野の壽昌院に「夫が亡くなり、16日に野辺送りをする」と伝えています。

また、小林家のきぬの後見役の人物が家に来たときには、遺体に不審な点があるとしてきぬに尋ねていますが、きぬは知らん顔。「最初から熱が激しかったためだ」と、取ってつけたような嘘をついたと言います。しかし、半年後、きぬは逮捕されます。

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