映画「正欲」原作となったベストセラー小説が投げかける「多様性」の光と影 (2/2ページ)

新刊JP

自ら動画配信を始めた息子とそれを支える妻は、啓喜には現実から目を背けているようにしか見えない。

もしこれが他の家庭の話だったならば、「多様性」の名のもとに子どもが選んだ生き方を否定はしなかったはずだ。しかし、これは我が子の話。もし学校に行かない生き方を選択した息子が将来自立できなかったら、それはすべて親であるわが身に降りかかる。タテマエでは済まない。

これは「多様性」という価値観の一つの穴を示すエピソードだろう。他人なら肯定できても自分の家族の問題となったら肯定できない多様性の表現は、おそらく誰にでもある。だとしたら、おかれた立場によって、つまり当事者か傍観者かによって簡単にダブルスタンダードに陥ってしまう価値観とは一体何なのか?簡単に「家庭の外向けの方便」や「社会の潮流について行くための仕草」に成り下がってしまう価値観にどれほどの意味があるのか?

決して社会に受け入れられない性癖を持つ人々、多様性の中に拾い上げてもらえない人々、多様性に絶望するマイノリティ。『正欲』には、多様性という価値観のもろさや矛盾を体現するような人物やセリフ、エピソードが次々と出現し、それらは最後に一つの大きな像を結ぶ。

基本的に、多様性は尊重されるべきで、社会として追求すべきものだ。しかし、私たちの社会の中で、その「あり方」は、まったくといっていいほど定まっていない。

あるマイノリティの存在が尊重されるようになれば、別のマイノリティが社会の周縁に追いやられるかもしれない。すべての人を尊重するだけでは摩擦が必ず起こり、勝者と敗者が生まれてしまう。発信力の強いマイノリティグループが勝つのだとしたら、それは多様性とはもっとも遠い。「多様性」というシンプルで耳障りのいいワードをもてあそび、目の前の複雑な現実から目を背けているのでは、多様性のあり方は決して見えてこない。

多様性という価値観の「陰」の部分を突きつける本書。一読しておくことで、映画もより楽しめるはずだ。

(新刊JP編集部)

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