プロ野球「戦力外通告のその後…」名選手の第二の人生大紹介 (2/2ページ)

日刊大衆

“『珍プレー好プレー』で死球に怒ったアレンに追いかけられた映像が使われたおかげで、多くの人に覚えてもらった”と言っていましたね」(同)

 知名度という資格を第二の人生に生かす選手もいれば、あえて使わずに、新たな分野に挑戦する選手もいる。その選択は、まさに生き様そのものだ。

 野球選手から芸能界に転身した、タレントのパンチ佐藤氏は現在、『ベースボールマガジン』で元プロ野球選手のセカンドキャリアを追った連載をしている。

「僕の場合、自ら引退を決めました。きっかけは仰木彬監督。入団して5年、僕はまだやれる自信があったし、努力もできた。でも、当時の僕は結婚して子どもができて、稼がなければならない状況だったんです」

 先発出場がなく、わずか6安打で終わった94年、パンチ氏は「僕にセンスがないなら引退するので、そう言ってください」と仰木監督に頼んだという。監督は、こう返事をした。

「“いいか、パンチ。プロ野球選手は辞めるタイミングが重要だ。1年早くても1年遅くてもダメ、パンチは今、このときに辞めるのがベストだ”。これが答えでした。それで僕は辞める決心がついたんです」

 スター選手でも、解説者や芸能人の道に進めるのは、ほんの一部。花形職業といえど、その多くが旬を過ぎてしまえば、忘れ去られる宿命も背負っている。

「最近は、やりたい職業が見つかるまでやろうというスタンスの人も含め、毎年、3人程度はユーチューバーになっています」(村瀬氏)

 この続きは11月20日発売の『週刊大衆』12月4日号で。あの選手は今……!?

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