最近の若いモンは…家臣の奇抜なヘアスタイルに対する徳川家康の反応がこちら【どうする家康 外伝】 (2/3ページ)
そなたは我が一門に連なり、他の軽輩とは格が異なることを忘れるでないぞ。何じゃその身なりは。まるで槍持か馬夫のようじゃ。大将たる者、内外ともに相応の器量を備えてこそ配下も心服するものぞ」
この言葉を聞いて信直は恥じ入り、衣服を相応しいものに戻したということです。
武藤平三郎の曝元結
……また武藤平三郎某といふが御放鷹の折。その頃は流行の曝元結にて髪ゆひしを御覧じ。御輿近く召。汝が髪を見せよとて。汝が祖父の掃部はあまたゝび武功を有て用立し者之。汝がやうなる髪の結様はせざりき。祖父に似ぬたはけものかなと御志かりあり。これより旗下のものの髪のゆひやうむかしの風になり。元結を五巻より多くまかず。太き元結にていてふにゆひしとなり。(武辺雑談。感状記。)……
※『東照宮御実紀附録』巻二十五「旗本之頭髪」
またある時。家康が鷹狩りにいそしんでいると、武藤平三郎の髷が気になりました。見れば近ごろ流行りの曝元結(さらしもとゆい)で細く結っています。
そこで家康は平三郎を招き寄せて叱りつけました。
「平三郎よ。そなたの祖父・武藤掃部(かもん)は幾度も武功を重ねた忠義ものであったが、そなたのような髪結いはせなんだ。