命を軽んじるのは愚か!命がけで主君を守る家臣に恩賞を与えなかった徳川家康。その理由は?

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命を軽んじるのは愚か!命がけで主君を守る家臣に恩賞を与えなかった徳川家康。その理由は?

昔から滅私奉公(私を滅して公を奉る≒自分を殺して社会に尽くす)などと言われるとおり、自己犠牲の精神や実践はとても尊いものとされてきました。

しかしそれも場合によりけりで、必ずしも盲目的に評価されるわけではなかったようです。例えばそれは、どんな場合だったのでしょうか。

今回は江戸幕府の公式記録『徳川実紀(東照宮御実紀附録)』より、徳川家康に仕えたある家臣のエピソードを紹介したいと思います。

刀を振り回す乱心者を、素手で取り押さえる大武勲。しかし家康は……。

それはある時のこと、家康のとある側近がいきなり乱心(発狂)して抜刀。家康の面前で同僚に斬りかかりました。

「すわっ、何事か!」

にわかに現場が騒然とする中、家臣の一人がそのまま立ち向かい、乱心者を取り押さえたそうです。

乱心者を取り押さえる(イメージ)

「その方、大丈夫か?」

「案ずるな。かすり傷じゃ……」

額に傷こそ負ったものの、刀を振り回す暴漢を素手で取り押さえたということで、その者の評判は一気に高まったと言います。

「これはきっと、手厚く恩賞を賜わるに違いなかろう……」

しかし家康は、その家臣に対して一切恩賞を与えませんでした。周囲の者たちは愕然として、ひそかに家康を非難したとか。

(命がけで主君を守ったというのに、恩賞どころかお褒めの言葉もないとは一体いかなる了見か……)

このままでは今後、家康の身に何かあっても家臣たちは命をかけて家康を守ろうとはしなくなるかも知れません。

そんな家臣たちの不満を読み取ったのか、家康は恩賞を与えなかった理由を聞かせたのでした。

「よいか。確かに身を挺して主君を守らんとする振る舞いは立派である。しかしながら刀を持っている者に素手で立ち向かうのは危険極まりない。もし此度の振る舞いを評価すれば、今後真似をして命を落とす者が出てしまうやも知れぬ。ゆえにかの者へ恩賞を与えなかったのだ」

……とのことでした。主君を守る時に命を惜しんではならないが、軽々に命を捨てることがあってはならないし、まして死ぬこと自体が美談となっては言語道断。

家康の考えを知って、家臣たちは敬服したということです。

終わりに

家臣たちに命懸けの忠義を求めたが、命を捨てることは求めなかった?徳川家康(画像:Wikipedia)

……ある時近臣の内に発狂せしものありて、御前にて同僚を切かけしに。徒手にて立むかひ。額に疵うけながら捕おさへたり。上意にけなげなるふるまひなれど。白刃もちしものに徒手にてむかふは危き事なり。かゝる者をほめつかはせば。後にあやまりて死するもの多からんとて。賞典にはをよばざりき。
大猷院殿鷹狩の折。徒士の水に飛入りて。鷹の雁とらへしを賞せられざりしも。かゝる尊意を追せ給ひてならむ。(武備睫。)……

※『東照宮御実紀附録』巻二十五

その後、徳川家光(大猷院)の時代にも鷹狩りで雁を捕らえるために水へ飛び込んだ者がいたそうで、彼もまた評価されなかったと言います。

主君のお役に立つのは大事ですが、その後も続くお役目のため、何より命を大切にするよう教えられたそうです。

死ぬべき時に命を惜しむのは腰抜け。しかし死ななくてよい時に命を軽んじるのは愚か者。こうした匙加減が、武士の心得として求められたのでした。

※参考文献:

『徳川実紀 第壹編』国立国会図書館デジタルコレクション

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