頼りになった「あの男」!幕末期、英語がわからない日本人は黒船来航の時どうやって交渉したのか? (2/2ページ)
万次郎については、以前Japaaanでも取り上げさせていただきました。
元土佐の漁民で、14歳のとき海で遭難、アメリカの船に助けられて米国で教育を受けていたという人物。日本では、唯一、英語で複雑な会話ができる人物でした。
以後、万次郎は、幕府の遣米使節団に通訳として同行するなど、両国の外国交渉に欠かせない存在となっていきます。
特に、1860(万延元)年、日米修好通商条約の批准書を交換するために派米された咸臨丸では、船長の勝海舟の船酔いがひどくてまともな指揮を執れなかったため、代わってジョン・ブルックとともに船内の秩序保持などに努めたとされています。
参考:加藤 祐三『幕末外交と開国』(2012 講談社学術文庫)
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