ほぼモブキャラ扱い!?大河「光る君へ」で紹介文が短すぎる平安貴族・藤原文範とはどんな人物だったのか?

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ほぼモブキャラ扱い!?大河「光る君へ」で紹介文が短すぎる平安貴族・藤原文範とはどんな人物だったのか?

NHK大河ドラマ「光る君へ」皆さんも観ていますか?

本作ではやんごとなき平安貴族たちが多数登場しますが、公式サイトにはこんな人物も。

藤原 文範(演:栗田 芳宏)©NHK

公卿・学者 藤原 文範(ふじわらのふみのり)
栗田 芳宏(くりた・よしひろ)
康保4年(967)に公卿(くぎょう)となる。

※NHK大河ドラマ「光る君へ」公式サイト(人物紹介)より

……え、紹介文が一行だけですか?ここから分かることは

一、公卿である。
一、学者である。
一、康保4年(967年)に公卿となった。

これだけです。もうちょっと何かなかったんでしょうか?

人物紹介を見る限りだと「ほぼモブキャラだけど、身分はそれなりに高いから出しました」感が否めません。

情報があまりに少なすぎて、逆に興味が湧いてしまいますね。

という訳で今回は「光る君へ」に登場するおじいちゃん貴族・藤原文範の生涯をたどってみましょう!

88歳まで生きて、7代の天皇陛下に仕える

権中納言敦忠(画像:Wikipedia)

藤原文範は延喜9年(909年)、藤原元名(もとな)と藤原扶幹女(すけもとのむすめ)の間に誕生しました。

若い頃は中納言・藤原敦忠(あつただ)の家司(けいし。執事)として仕え、その死後も7代の天皇陛下にお仕えします。

第60代・醍醐天皇
第61代・朱雀天皇
第62代・村上天皇
第63代・冷泉天皇
第64代・円融天皇(坂東巳之助)
第65代・花山天皇(本郷奏多)
第66代・一条天皇(懐仁親王)

まひろ(紫式部/吉高由里子)が天禄元年(970年)生まれ説を採っているため、文範は61歳の年齢差です。

第4回放送「五節の舞姫」時点の永観2年(984年)ではまひろが15歳だから76歳になります。

永年にわたり朝廷の要職を歴任し、歴代天皇陛下をお支えしてきました。

そして長徳2年(996)に88歳で世を去ります。最終官位は従二位・中納言、本当にお疲れ様でした。

ごくざっくり藤原文範の生涯をたどると、こんな感じになります。あまり波乱が見られませんでしたね。

平凡ながら愚直に勤め上げた仕事人。そんな印象を受けます。

しかし堅物一筋かと思いきや、『大鏡』にはこんなエピソードが残っていました。

『大鏡』が伝える藤原文範の不倫?エピソード

文範と北の方(イメージ)

……玄上の宰相のむすめにや。その後朝の使に、敦忠の中納言、少将にてし給ひける、宮うせ給ひてのち、この中納言にはあひ給へるを、かぎりなく思ひながら、いかゞ見給ひけむ、文範の民部卿、播磨の守にて、殿の家司にて候はるゝを、「我はみじかき族(ぞう)なり。必ず死なむず。その後君はこの文範にぞあひ給はむずる」と、のたまひけるを、「あるまじき事」といらへ給ひければ、「天翔(かけ)りても見む。よに違へ給はじ」などの給ひけるが、まことにさていますがるぞかし。……

※『大鏡』左大臣時平 より

文範の妻は二人おり、一人は藤原正茂女(まさしげ/まさもちのむすめ)、もう一人は藤原玄上女(はるかみのむすめ)でした。

この玄上女はもともと文範の主君である藤原敦忠の正室(北の方)であり、敦忠は死に際して彼女へ言います。

「わしは短命なれば、もはや助かるまい。我が死後は、文範と再婚するのじゃろうな」

永年にわたり仕えてきた文範を信頼して、彼女の後を託そうとしているのでしょうか。

あるいは、彼女と文範が何かしらの関係を有していて、それを皮肉ったのかも知れません。敦忠の言葉を聞いて、北の方は否定します。

「そのようなことがあってはなりません。主従の関係を越えてしまうなどと……」

しかし敦忠は考えを変えず、続けて言いました。

「天の上から見ておるぞ。必ずや我が言うた通りとなるじゃろうて」

かくして敦忠は世を去り、北の方は文範と再婚することになります。

「それみたことか」

天の上からか、地の底からか。敦忠の恨み節?が聞こえてくるかも知れませんね。

終わりに

以上、藤原文範についてその生涯をたどってきました。

冒頭の紹介文を書き換えるなら、こんな感じでしょうか。

公卿・学者 藤原 文範(ふじわらの ふみのり)
検非違使や国司、中納言など要職を歴任し、朝廷では長老格となる。
7代の天皇陛下に仕え、88歳の長寿を保った。

……ちょっとだけ長くなりましたね。敦忠の北の方との一件は昔過ぎて大河ドラマでは言及しなくてよさそうです。

第5回放送「告白」以降、約10年は生きる藤原文範。これからの活躍&栗田芳宏の渋い好演に期待しています!

※参考文献:

保坂弘司『大鏡 全現代語訳』講談社学術文庫、1981年1月 佐藤球 校註『大鏡』国立国会図書館デジタルコレクション

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