18歳の娘に”火あぶり刑”…恋しい人に会いたい一心でとんでもない行動に出た「八百屋お七」の末路
いつの時代でも、相手を想う一途な恋心がとんでもない事件に発展してしまうことがあります。今回ご紹介する「八百屋お七」もそのような事件を起こしてしまった人物のひとり。
浄瑠璃や歌舞伎などでもヒロインとして有名な女性ですが、今回の記事では、そんな彼女の想いとそれによって引き起こされたとある事件について紹介したいと思います。
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かなり濃厚な江戸時代のエピソード「八百屋お七」実はほぼフィクションだった? 八百屋お七とは?今回の記事の主人公、八百屋お七は、江戸本郷・追分(おいわけ)の八百屋太郎兵衛の娘で、江戸時代前期の女性です。生年月日や命日については諸説あります。
お七の人生については後世の作品によって諸説ありますが、彼女の人生を大きく変えることになったのが、天和2年(1682年)12月に発生した「天和の大火」でした。
この火事で彼女の家は焼けてしまい、彼女は親とともに正仙寺(一説には円乗寺)に避難します。そこで、寺小姓生田庄之助(いくたしょうのすけ)と出会い、恋仲に。
時がたち八百屋は立て直され、お七らは寺を引き払いますが、彼女の庄之介への想いは消えませんでした。
もう一度会いたい!その一心で……天和3年(1683年)3月、八百屋お七は驚きの行動に出ます。それは、「もう一度火事になれば庄之介にまた会える」と考え、なんと家の近くで放火してしまうのです。
近くの人がそれに気付き、火はすぐに消し止められましたが、お七は逮捕されます。
事件後、彼女は……逮捕されたお七は、鈴ヶ森刑場で火あぶりに処されました。このとき彼女は18歳。
実は、当時は17歳以下であれば極刑は免れることになっており、奉行は彼女の刑を軽くするため、「17歳だろう?」と彼女に問いますが、お七はその意味がわかっておらず、素直に「18歳です」と答えたと言います。
ちなみに、この事件の3年後には井原西鶴の『好色五人女』で物語が取り上げられ、一気に知られることになりました。その後も、浄瑠璃や歌舞伎の演目にもなっています。
いかがでしたか?この記事が、みなさんが少しでも日本文化や歴史の面白さに興味を持つきっかけになれば嬉しいです。
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